郭貴勲裁判

被爆者援護法訴訟の判決
(6月6日8時更新)

平成13年6月1日判決言渡・同日原本領収 裁判所書記官

平成10年(行ウ)第60号
 被爆者援護法上の被爆者たる地位確認等請求事件
   (口頭弁論終結の日平成12年12月22日)


判決


大韓民国京畿道城南市盆唐区野塔洞334薔薇村801-404
(送達先)大阪府吹田市山田西2-9 A-1-303 松井義子方
原告 郭貴勲

同訴訟代理人弁護士 永嶋靖久
同 足立修一
同 小田幸児
同 金井塚康弘
同 新井邦弘
同 安由美
同 太田健義


大阪市中央区大手前2-1-22 大阪府庁
被告 大阪府知事
齊藤房江

大阪市中央区大手前2-1-22 大阪府庁
被告 大阪府
同代表者知事 齊藤房江

東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告 国 同代表者法務大臣 森山眞弓

被告ら指定代理人 渡邊千恵子
同 箕浦裕幸
同 大濱寿美
同 児島治男
同 西仲光弘

被告国指定代理人 本田達郎
同 坂本浩享
同 武内信義
同 駒木賢司
同 金山和弘
同 山本宏樹

被告大阪府知事及び同大阪府指定代理人 阪本哲也
同 幸谷英一
同 西原次郎



主文


1 原告の,被告大阪府知事が原告に対してした,原告が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に定める被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者番号0201632)の交付をもって取得した同法1条1号に定める被爆者たる地位,及び健康管理手当受給権者たる地位(記号番号ケン17489)を失権させるとの処分の取消しを求める訴えを却下する。

2 原告と被告国との間で,原告が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に定める被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者番号0201632)の交付をもって取得した同法1条1号に定める被爆者たる地位にあることを確認する。

3 被告大阪府は,原告に対し,金17万0650円及び平成11年1月以降平成15年5月まで毎月末日限り金3万4130円を支払え。

4 原告のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は被告らの負担とする。


事実及び理由

第1 請求

 1 被告大阪府知事が原告に対してした,原告が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に定める被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者番号0201632)の交付をもって取得した同法1条1号に定める被爆者たる地位,及び健康管理手当受給権者たる地位(記号番号ケン17489)を失権させるとの処分を取り消す。

 2(1)主文第2項に同じ。

 (2)被告大阪府は,原告に対し,金17万0650円及び平成11年1月以降平成15年5月まで毎月25日限り金3万4130円を支払え。

 3 被告国及び被告大阪府は,原告に対し,各自連帯して,金200万円及びこれに対する平成10年7月23日から同支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。


第2 事案の概要(省略) 

第3 当裁判所の判断

1 失権処分の存否について(前記第1,1の請求に係る本案前の争点)

(1)行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいうものと解される(最高裁昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等)。

 ところで,原告は,被告大阪府知事が,原告に対し,平成10年7月23日ころまでに,失権の取扱いをするとの行政処分を行ったものと主張するが,被爆者援護法上,「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなったことを理由として,行政庁が何らかの行為をなし失権の取扱いをする旨の規定ないしそれを窺わせる規定は存在せず,下位規定にもかかる規定は存在しない。

 しかも,本件においては,被告大阪府知事は,「被爆者jが日本に居住又は現在していることがその地位の効力存続要件であるという解釈のもとに,原告の本邦からの出国という事実により,同人は健康管理手当の受給権を喪失したという法律効果が発生したものであるとして,その結果として,原告に対する同手当の支給停止が行われたものにすぎないのであるから,「失権の取扱いをする」という何らかの具体的行為を観念できたとしても,それは,「直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」とはいえず,行政処分には当たらないというべきである。

(2)また,健康管理手当についてみると,被爆者援護法施行規則54条,40条(同施行規則46条,63条によっても準用される。)によれば,都道府県知事による失権の通知が予定されているが,同通知は被爆者援護法27条1項の要件に該当しないと認めるときになされるものであり,「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなったことを理由とするものではなく,本件において同条に基づく失権の通知がなされたことを認めるに足る証拠はない。

 また,大阪府保健衛生部医療対策課長が,原告に対し,平成10年7月23日付けで「健康管理手当の要望書について(回答)」という書面を送付した行為についても,これは原告の健康管理手当の要望に対する回答を行ったものにすぎないというべきである(甲4,弁論の全趣旨)。

(3)以上より,本件では取消訴訟の対象となるべき行政処分は存在しないから,原告の前記第1,1の請求に係る訴えは不適法なものとして却下されるべきである。

2 被爆者援護法1条の「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることにより,当然に「被爆者」たる地位を喪失するか否か(日本に居住又は現在していることは「被爆者」たる地位の効力存続要件であるか否か。)

(1)被爆者援護法1条によれば,「被爆者」たる要件は,同条各号のいずれかに該当する被爆者であることと,被爆者健康手帳の交付を受けたことの2点であり,日本に居住又は現在することは要件とされていない。

 そして,被爆者健康手帳の交付については同法2条が定めるところであるが,同条1項によれば,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならないものとされている。したがって,被爆者健康手帳を取得して「被爆者」たる地位を取得するためには,少なくとも交付申請の時点で日本に現在することは必要である。もっとも,いったん被爆者健康手帳を取得した後に,同手帳の返還が必要となるのは,実定法上「被爆者」死亡の場合だけであり(同法施行規則8条),「被爆者」が日本に居住又は現在しなくなった場合に,都道府県知事が同手帳の返還を求め得る実定法上の根拠はない(実際にも返還は求められていない。)。

 しかも,「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなった場合に,「被爆者」たる地位を喪失する(又は喪失させることができる)旨の明文の規定は一切存在しない。

 以上のとおり,被爆者援護法ないし同法施行規則の規定において日本に居住又は現在していることが「被爆者」たる地位の効力存続要件であると解すべき直接の根拠は存在しないといわざるを得ない。

(2)被告らは,被爆者が日本に居住又は現在することは,解釈上の「被爆者」たる地位の効力存続要件であるとの主張をするが,そもそもかような概念を許容し得るのかが問題とされなければならない。

 明文の規定がないにもかかわらず,解釈のみによってある一定の事実の存続を効力存続要件とすること(ある一定の事実の発生により行政処分の効力が当然に消滅すること)は,国民の法律上の地位ないし権利の得喪という重要な事項については,本来,疑義のないように法規上明確に規定されるべきことが要請されていることにかんがみ,一般的に許容されるものとは解されないが,解釈上,ある一定の事実の存続が行政処分の効力存続要件と解されるべき場合があり得ないとはいえないし,また,このような解釈を一般に否定すべき根拠も特に見い出し難いことからすれば,解釈上の効カ存続要件も理論上認められる余地があるといわざるを得ない。

 しかしながら,日本に居住又は現在することを「被爆者」たる地位の存続要件とする旨の明文の規定を置くことは,立法技術上特段の困難はなく,それにもかかわらず明文の規定もなく,解釈上の効力存続要件を広く認めることは,行政による恐意的な取扱いを認めることにつながりかねず,ひいては法律による行政の原理に悖ることにもなりかねないから,かかる解釈を許容するか否かは慎重に判断されなければならない。

 そして,かかる解釈を許容するためには,明確な法理論上の根拠,あるいは,当該法律の規範構造から疑義のない程度に明白であるなど,特段の合理的理由が必要であるというべきである。

 以下において,被告らの主張を裏付けるに足りる特段の合理的理由があるか否かについて順次検討することとする。

(3)被告らは,被爆者援護法は行政法であるところ,行政法は日本国内においてのみ効力を有するのが原則である(いわゆる属地主義の原則)から,その例外となるべき規定がない限り海外適用は認められず,日本に居住も現在もしていない被爆者に対しては適用されないものであると主張する。

 この点,行政機関の公権力の行使(強制調査,各種規制等)に関しては,国家主権に由来する対他国家不干渉義務に基づき,属地主義の原則が妥当するものであるが,被爆者援護法のようないわゆる給付行政に関する国法に関しては,属地主義を厳格に適用すべき必然性はなく,むしろ,性質上,給付を受ける側の人的側面に着目することが多く,属人主義的な立場(人的範囲を限定する反面,場所的範囲を日本国内に限らない立場)を採る法制も十分合理性を有するものであって,実際,特に明文がなくとも海外適用を認める法制例は多数存在している(遺族等援護法など)。したがって,被爆者援護法が行政法であるからといって,属地主義の原則が,当然の前提として被爆者援護法の解釈に影響を与えるものではなく,法律の効力がいかなる人的場所的範囲に及ぶかは,それぞれの制度における個別的な立法政策の問題というべきである。

(4)また,被告らは,被爆者援護法は非拠出制の社会保障法であり,社会の構成員でない海外居住者に対しては適用されないと主張する。

 確かに,非拠出制の社会保障制度が社会連帯ないし相互扶助の観念を基礎とし社会構成員の税負担に依存しているものであることから,その適用対象者は,我が国社会の構成員たる者に限定されるとの原則論を一応肯定することができるとしても,具体的な社会保障制度においてどの範囲の者を適用対象とするかは,それぞれの制度における個別的政策決定の問題であり,被爆者援護法の社会保障としての性格から演繹的に被告らの主張する解釈を導くことはできないというべきである。

 さらに,被爆者援護法はその前文からも明らかなように原爆医療法をその前身とするものであるが,原爆医療法の趣旨は,最高裁が,孫振斗判決において,「原爆医療法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とするものであって,その点からみると,いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつものであるということができる。しかしながら,被爆者のみを対象として特に右立法がされた所以を理解するについては,原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例を見ない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは,これを否定することができないのである。」と述べているとおりであり,被爆者援護法も前文で「(前略)国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため,この法律を制定する」と規定し,前記原爆医療法の性格は,そのまま被爆者援護法に引き継がれているものと解される。すなわち,被爆者援護法も社会保障と国家補償の性格を併有する特殊な立法というべきものである。

 そして,このような被爆者援護法の複合的な性格,さらに,同法が被爆者が被った特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道的目的の立法であることに照らすならば,社会保障的性質を有するからといって,当然に我が国に居住も現在もしていない者を排除するという解釈を導くことは困難というほかはない。

(5)被告らは,被爆者援護法は,日本に居住も現在もしない者に対して適用されないことを前提に,国会で可決・成立していると主張する。

 しかしながら,これらの答弁がなされた事実だけでは,必ずしもそれが立法者の意思そのものであるとは言い切れないし,かえって,立法当時から,すでに国外に居住する被爆者に対する対応が問題とされており,しかもその問題の解決がすでに法文の解釈上から明らかなものとなっていたとはいえない状況下において,あえて,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を失権させる旨の規定が設けられなかったことに徴するならば,被爆者援護法は国外居住者を排除する趣旨ではないと解する方がむしろ自然であるとさえいえる。

 しかも,法律の解釈はまず第一に法文の合理的解釈によるべきものであるから,立法者意思も第一次的には当該法文に表われた合理的な立法者意思を探求すべきであって,国会における答弁等を過大視することは許されず,これらは,あくまでも解釈の参考資料として位置づけられるにすぎない。

 したがって,被告らの指摘する立法者意思もその主張を裏付ける合理的理由とはなり得ない。

(6)次に,被告らは,被爆者援護法の法構造や各規定の趣旨からしても,日本に居住も現在もしない者に対する給付は予定されていないと主張するので,以下,この点について検討する。

ア被告らの主張について

(ア)被爆者健康手帳や各種給付の申請時に「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在

 この点に関する,被告らの主張を検討すると,なるほど,被爆者健康手帳交付申請時にかかる被爆者援護法2条,各種手当の支給申請時にかかる都道府県知事の認定に関する被爆者援護法の各規定(医療特別手当につき同法24条2項,特別手当につき同法25条2項,原子爆弾小頭症手当につき同法26条2項,健康管理手当につき同法27条2項,保健手当につき同法28条2項)及び同法施行規則(健康管理手当につき52条1項,その他省略)をみれば,被爆者健康手帳交付申請時,並びに各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定申請時には,日本に居住又は現在することが必要となる。

 しかしながら,これらの規定は,「被爆者」たる地位及び各種手当ての受給権を取得する際の問題であり,いったん取得した「被爆者」たる地位を失権させる根拠となり得ないことは明らかである。

(イ)各種給付の権利発生時に被爆者が日本に居住又は現在することを予定した規定の存在

a被爆者援護法第3章第2節の健康管理及び同第4節の各種手当の支給の実施主体は,都道府県知事とされているが,これ自体は実施主体を定めているものにすぎず,その意味では,法所定の援護と援護の実施主体とを連結するための管轄を定めている技術的規定であって,必ずしも受給者が日本に居住又は現在していることを必要とするものではない。

 また,「被爆者」が他の都道府県の区域に居住地を移したときの届出義務(被爆者援護法施行令3条1項)についても,これは日本国内における居住地の移動の際,管轄の混乱が生ずることを避けるために規定された技術的規定と解することもでき,これが直ちに失権の根拠とはなり得るものではない。

 また,医療特別手当に関する被爆者援護法施行規則32条あるいは健康保健手当に関する同法施行規則60条の届出義務等についても,これらの規定が,国外からの届出を予定していない趣旨であるとしても,それは,これらの届出をする際には「被爆者」は日本に現在している必要があるものと解すれば足りるのであり,これが課されていない手当もあり,いったん取得した「被爆者」たる地位を失権させる根拠となり得ないことは明らかである。

b 被爆者援護法第3章第3節の医療給付中,同法10条の医療の給付については,厚生大臣(現厚生労働大臣)がその指定した医療機関に委託して,診察(被爆者援護法10条2項1号),薬剤又は治療材料の支給(同項2号),医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術(同項3号),居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護(同項4号),病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護(同項5号),移送(同項6号)を給付するものであり,また,同法18条の一般疾病医療費の支給も,都道府県知事により指定された被爆者一般疾病医療機関において医療を受けた場合に,厚生大臣がその費用の支給を行うものであり,日本に居住も現在もしない者に対する医療給付は予定されていないが,これは,給付の前提として指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関の指定・監督の問題があるほか,国家主権に由来する対他国家不干渉義務に反するおそれがあり,また,本邦以外では実施が事実上困難であることによるものと解される。

 しかしながら,「被爆者」たる地位に基づく権利は医療給付の受給に尽きるものではないから,医療給付が受けられないとの一事をもって「被爆者」たる地位が失われるということにはならない。

 なお,被爆者援護法17条,18条は,指定医療機関以外の者から医療を受けた場合,あるいは,被爆者一般疾病医療機関以外の者から医療を受けた場合にも,医療費の支給,一般疾病医療費の支給がなされることを定めた規定が存在するが,要件として緊急その他やむを得ない理由を必要とするものであり,これをもって,日本に居住も現在もしない「被爆者」に医療給付が行われるべきであるとの根拠となるものではない。

イ 「被爆者」たる地位と各援護

被爆者援護法は,1条各号の要件を充たす者で2条の規定に従い被爆者健康手帳の交付を受けた者を「被爆者」と定義し,その「被爆者」に対し,同法第3章に規定する各種の援護を実施することとしているが,各援護は,「被爆者」であることから当然に実施されるものではなく,「被爆者」であることに加え,各援護ごとに要件が規定されている。

 ここで,法の統一的解釈からは,各援護の主要部分につき,要件をおよそ充たし得ない者あるいは援護の実施が不可能な者については,そもそも「被爆者」たる地位がないとする解釈が好ましいともいえる。

 また,被告らは,「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定がある一方で,日本に居住も現在もしていない者に対する適用を予定した規定がないことは,このような者が被爆者援護法の適用対象に含まれないことの何よりの証左であると主張する。

 しかし,各援護の性質はそれぞれ異なり,国家主権による制限,立法技術上の困難,実施上の困難など,各援護ごとに個別の考慮が必要となるものであって,第一次的にはこれらの観点から援護に制限が生じるにすぎないのであるから,各援護を受け得る可能性と「被爆者」たる地位を必然的1に不可分一体のものとして解さなければならないものではなく,「被爆者」たる地位にあっても,各種援護の性質からその援護を実施できなくなることもあり得るというべきである。

 また,これらの日本国内に居住又は現在することを前提とした規定により,国外の「被爆者」が各援護の実施を受け得ない場合等が生じ得ることはあり得るとしても,「被爆者」がそれらの援護の実施を受けることができるかどうかは被爆者側の事情や都合によるものであって,援護はその性質上「被爆者」に援護を受ける義務を課すものではないのであるから,これを享受できない者は「被爆者」として被爆者援護法の権利主体たり得ないとするのは本末転倒というべきである。

ウ 以上のとおり,被爆者援護法の各種規定は,日本に居住又は現在することを「被爆者」たる地位の効力存続要件と解すべき根拠とはなり得ない。

(7)被告らは,最高裁は,孫振斗判決において,日本に居住も現在もしない者に対しては原爆医療法の適用がないことを明らかにしており,これは被爆者援護法でも同様であると主張する。

 しかしながら,孫振斗判決は日本に現在する者に原爆医療法の適用があることを説示しているものであって,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を失うかどうかにっいては,なんら明言をしていないことはその説示から明らかである。したがって,孫振斗判決の説示は,原告主張と矛盾するものではなく,被告らの主張の根拠とはなり得ない。

(8)以上(3)ないし(7)で述べたところを総合勘案するならば,結局,被告らの主張を裏付けるに足りる特段の合理的理由は存在しないといわざるを得ないから,被告らの主張は採用することができない。

 なお,日本に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件であるという解釈を導く何らかの合理的な理由が存在するとしても,被爆者援護法は,被爆者が今なお置かれている悲惨な実情に鑑み,人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的としたものなのであるから,上記解釈は,その人道的見地に反する結果を招来するものであ?て,同法の根本的な趣旨目的に相反するものといわざるを得ないのである。また,かかる解釈に基づく運用は,日本に居住している者と日本に現在しかしていない者との間に,容易に説明しがたい差別を生じさせる(しかも,日本に居住している被爆者が長期間海外旅行に行く揚合と,短期間国外に住居を移す場合との間で不合理な区別をすることにもなる。)ことになるから,憲法14条に反するおそれもあり,法律は合憲的に解釈されなければならないとの原則からすれば,被告らの解釈を採用することはできないものといわざるを得ない。

3 原告の前記1,2の請求について

(1)前記第1,2(1)の請求(「被爆者」たる地位の確認)について

上記2のとおり,被告らの主張は理由がないから,原告は,未だ「被爆者」たる地位を喪失していないものと認められる。

 したがって,原告の請求中,原告と被告国との間で,原告が被爆者援護法1条1号に定める被爆者たる地位にあることの確認を求める請求は理由がある(主文第2項)。

(2)前記第1,2(2)の請求(健康管理手当の支給)について

 原告が「被爆者」たる地位を喪失していないとしても,健康管理手当の受給権の有無についてはさらなる検討が必要なことは前記2(6)イの判断から明らかである。

 健康管理手当は,「被爆者」であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生省令で定める障害を伴う疾病にかかっているものに対し支給される金員であり,支給を受けるに当たり,都道府県知事の認定を受け,その際,都道府県知事が当該疾病が継続すると認められる期間を定めることとされている(被爆者援護法27条1項ないし3項)。なお,同期間は疾病の種類ご1とに厚生大臣(厚生労働大臣)が定める期間内で定められるものであるが,平成7年6月23日厚生省告示第127号によれば,同期間は,造血機能障害を伴う疾病のうち鉄欠乏症貧血及び潰瘍による消化器機能障害を伴う疾病については3年,その余の疾病については5年と定められている。そして,認定に当たっては,被爆者援護法19条1項の規定により都道府県知事により指定された被爆者一般疾病医療機関の診断書を添えることが原則として要求されている(被爆者援護法施行規則52条1項)。

 これらの規定を前提とすると,支給の開始に当たっては,我が国に居住又は現在することが必要であると解されるが,認定後になされる援護の内容は,金員の給付であり,その性質から当然に,我が国に居住又は現在することが要求されるものではなく,我が国に居住も現在もしない者への支給の具体的な方法を定めた規定は存在しないものの,これを明確に排除する規定もなく,前記のとおり,遺族等援護法や労災保険法においては,特に海外送金の手続規定がなくとも実際に海外送金が行われていることに照らすならば,我が国に居住も現在もしない「被爆者」に対しても支給されるべきものというべきである。

 健康管理手当については,被爆者援護法27条1項の要件に該当しなくなったときは,受給権者に失権の届出を義務づけ(同法施行規則54条,39条),また,都道府県知事は,前記被爆者援護法27条1項の要件に該当しなくなった受給権者に対し,その旨通知しなければならないものとされている(同法施行規則54条,40条)。これらの規定を適切に機能させるためには,都道府県知事に,書面審査のみならず,受給権者からの聞き取りなどの調査が必要となり,その限度で,日本に居住も現在もしない「被爆者」に健康管理手当を支給する場合には,健康管理手当の支給の適正を害するおそれがないではないが,そもそも,支給開始に際しては都道府県知事が厚生大臣(厚生労働大臣)の定める期間内で当該疾病が継続すると認められる期間を定め,健康管理手当は,その期間が満了する日の属する月で支給が終わるものであるから(同法27条5項),その弊害の生じるおそれは少ないというべきである。

 そうすると,被告大阪府が,原告の平成10年8月分以降の健康管理手当の支給を停止したことに法律上の根拠はなく,原告には,平成10年8月分以降の健康管理手当を受給する権利がある。

 よって,原告の請求中,平成10年8月分以降の健康管理手当の支給を求める請求は理由がある。

 なお,原告は,各月分の支払について毎月25日限りの支払を求めるが,各月分の支払期限を定める規定あるいは処分は認められず,各月末日限りを期限とするのが相当である。

4 原告の請求3(国家賠償請求)について

 原告は,被告大阪府知事は,法律の解釈,運用に過誤のないようにすべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り,違法に原告の「被爆者」たる地位を失権させたと主張するので,以下検討する。

 国家賠償法1条1項は,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して,故意又は過失によりその国民に損害を加えたときに,国等が賠償責任を負うことを規定したものである。

 ところで,通達は,全国的に解釈運用を統一する必要等に応じてなされているものであって,行政実務上,通達に反する行為を実施者に期待することは事実上不可能である。したがって,通達に基づく取扱いは,当該通達が違法である場合であっても,ただちに実施行為者に故意又は過失があると評価されるものではないというべきであって,これが故意又は過失に基づく違法行為と評価されるためには,当該通達の内容が明白に上位規範に反するとか,行政実務上一般的に異なる取扱いがなされているなど特別の事情がある場合に限られるものと解するのが相当である。

 これを本件についてみると,本件の失権の取扱いの根拠となった402号通達は,被爆者援護法においても有効であって(前記第2,1(4)エ),被告大阪府知事はそれに従ったものである。そして,402号通達が被爆者援護法の解釈に反していることは前述のとおりであるが,被告らの主張内容に照らせば,その解釈にも一応の論拠があるものということができ,少なくとも402号通達が被爆者援護法の規定に明白に反しているとまでは言い難い。しかも,行政実務上は,全国的に「日本に居住又は現在しない被爆者は失権の取扱いとする」旨の統一的な対応がとられていたものである(弁論の全趣旨)。

 したがって,国家賠償法1条1項の故意又は過失を認めるに足りる特段の事情を認めることはできず,原告は,被告大阪府知事が402号通達に従って原告を失権の取扱いとしたことについて,国家賠償法上の責任を問うことはできない。

 したがって,その余の点につき判断するまでもなく,この点に関する原告の請求は理由がない。

5 結論

 以上より,原告の前記第1,1の請求にかかる訴えは不適法であるからこれを却下することとし,前記第1,2(1)の請求は理由があるからこれを認容し,同(2)の請求は,主文第3項の限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとする。

 なお,訴訟費用の点については,本件訴訟の審理はそのほとんどが被告らの解釈の正当性に関するものであることに加え,本件訴訟に至る経緯等諸般の事情も考慮して,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用し,すべて被告らに負担させるものとし,仮執行宣言は相当でないので付さないこととする。

 以上より,主文のとおり判決する。


大阪地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官 三浦潤
裁判官 林俊之
裁判官 徳地淳




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