2002年3月2日
在ブラジル被爆者裁判を支援する会
代表世話人 田 村 和 之
1945年8月、広島・長崎に落とされた原子爆弾は、無差別に多くの市民の尊い生命を奪い、多くの「被爆者」をうみだした。軍人はいわんや、民間人、老若男女、国籍を問わず、捕虜として捕らえられていた人々にさえ、その被害は等しく襲いかかった。
当時、軍人として広島で被爆し、その後ブラジルに移住し、現在も日本国籍を保持している森田さんは、被爆者健康手帳を持ちながらも、旧厚生省(現厚生労働省)の一片の通達のために、今日まで被爆者として旧原爆二法及び被爆者援護法による援護を受けていない。他の在ブラジル被爆者も同様である。
被爆者が出国し、居住地を国外に移しただけで、被爆者援護法の適用を受けられないとするのは、同法の誤った解釈運用である。このことは、既に郭貴勲裁判大阪地裁判決(2001年6月1日)及び李康寧裁判長崎地裁判決(同年12月26日)で明らかにされている。
郭裁判で敗訴した厚生労働省は「在外被爆者に関する検討会」を設置し、在外被爆者に対する施策のあり方の検討を要請したが、同検討会の報告書は何ら具体的な結論を示さず、期待はずれのものであった。
被爆者はどこにいても被爆者であり、ひとしく法による援護が受けられなければならない。広島県と国が、森田さんの出国を理由に、被爆者健康手帳を無効とし、健康管理手当の支給を打ち切ったことは違法であり、このような不当な措置の是正を求める森田さんの提訴はまことに道理がある。厚生労働省は、これまでの経緯にとらわれず、一刻も早くすべての在外被爆者に被爆者援護法を適用すべきである。
私たちは、森田さんの勇気ある裁判提起を支持し、全力をあげてこれを支援する。