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郭貴勲裁判 高裁 国側 控訴理由書

副本

平成13年(行コ)第58号 被爆者援護法上の被爆者たる地位確認等請求控訴事件

控訴人 国ほか1名
被控訴人 郭 貴勲

控 訴 理 由 書

平成13年 8月 3日
大阪高等裁判所第9民事部ハ係 御中


控訴人ら指定代理人
渡邊 千恵子
箕浦 裕幸
大濱 寿美
児玉 治男
西仲 光弘
小森 雅一
坂本 浩享
駒木 賢司
武内 信義
金山 和弘
成井  進
増井 英紀
西原 次郎
小牟礼 まゆみ
幸谷 英一



 控訴人らは,本書面において控訴理由を明らかにする。
 なお,略称等は原審の例によるものとし,本件控訴理由書においても,かぎ括弧を付さずに被爆者と表記した場合には,広島又は長崎で原子爆弾に起因する放射能に被爆した経験を有する者をいい,かぎ括弧を付して「被爆者」と表記した場合には,被爆者援護法1条で定義された「被爆者」をいうこととする。また,原爆医療法,被爆者特措法を併せて「原爆二法」といい,原爆二法と被爆者援護法を併せて「原爆法」という。


第1 はじめに

1 事実の概要

 本件は,韓国在住の被爆者である被控訴人が,平成10年,治療のために来日し,同年5月20日,大阪府知事から被爆者健康手帳の交付を受け,同年6月18日,健康管理手当(平成10年6月から同15年5月までの5年間月額3万4130円)の支給認定を受け,同年6月25日及び同年7月24日に上記手当の2か月分の支給を受けたが,同年7月5日ころ日本から出国したことから,大阪府知事が,昭和49年7月22日付け衛発第402号厚生省公衆衛生局長通達(以下「402号通達」という。)に基づき,日本に居住も現在もしない被爆者(以下「在外被爆者」という。)に対しては被爆者援護法は適用されないとして,被控訴人に対する同年8月分からの上記手当の支給を打ち切ったため,被控訴人がこれを不服として,
@大阪府知事に対し,被爆者援護法上の「被爆者」たる地位及び健康管理手当受給権者たる地位を失権させるとの処分の取消しを求めるとともに,
A控訴人国に対し,被控訴人が被爆者援護法上の「被爆者」たる地位にあることの確認,
B控訴人大阪府に対し,平成15年5月までの未払の健康管理手当の支払,
C控訴人国及び同大阪府に対し,国家賠償法1条1項に基づき連帯して慰謝料200万円の支払を求めた事案である。


2 原判決の判断骨子

 原判決は,大要,以下のとおり判示して,@の請求に係る訴えを却下した上,A及びBの請求を認容し,Cの請求を棄却した。

(1)被爆者援護法上,行政庁の何らかの行為により,失権の取扱いをする規定は存在しない上,本件において,大阪府知事は,「被爆者」が日本に居住又は現在していることがその地位の効力存続要件であるとの解釈の下,被控訴人の本邦からの出国という事実により,健康管理手当の受給権喪失という法律効果が発生したものであると解して,その結果として,被控訴人に対する同手当の支給停止を行ったにすぎないものであるから,取消訴訟の対象となる行政処分は存在せず,被控訴人の@の請求に係る訴えは不適法である(原判決28,29ページ)。

(2)被爆者援護法ないし同法施行規則の規定において,日本に居住又は現在していることが,「被爆者」たる地位の効力存続要件であると解すべき直接の根拠は存在しないところ,立法技術上明文規定を置くことに特段の困難がないにもかかわらず,解釈上の効力存続要件を広く認めることは,法律による行政の原理にもとることにもなりかねないから,かかる解釈を許容するためには,明確な法理論上の根拠,あるいは,当該法律の規範構造から疑義のない程度に明白であるなど,特段の合理的理由が必要である(原判決30,31ページ)。

 しかしながら,控訴人らが主張の根拠とする,
(ア)行政法における属地主義の原則,
(イ)被爆者援護法は非拠出制の社会保障法としての性格を有するところ,非拠出制の社会保障法は当該社会の構成員以外の者に対しては適用されないのが原則であること,
(ウ)被爆者援護法は,在外被爆者に対して適用されないことを前提に国会で可決・成立していること,
(エ)被爆者援護法の法構造や各規定の趣旨からしても,在外被爆者に対する給付は予定されていないこと,
(オ)最高裁判所昭和53年3月30日第一小法廷判決(民集32巻2号435ページ,以下「最高裁昭和53年判決(孫振斗判決)」という。)は,在外被爆者に対して原爆医療法の適用がないことを明らかにしていることは,いずれも,日本に居住又は現在することを「被嬢者」たる地位の効力存続要件と解すべき根拠とはなり得ないから,控訴人らの主張は採用することができない(原判決31ないし38ページ)。

 また,日本に居住又は現在することが「被爆者」たる地位の効力存続要件であるという解釈を導く何らかの合理的理由が存在するとしても,このような解釈は,人道的見地から被爆者の救済を図るという同法の根本的な趣旨目的に相反するし,かかる解釈に基づく運用は,日本に居住している者と日本に現在しかしていない者との間に容易に説明し難い差別を生じさせることになるから,憲法14条に反するおそれもあり,法律は合憲的に解釈されなければならないとの原則からすれば,控訴人らの主張を採用するととはできない(原判決38ページ)。

 したがって,被控訴人は「被爆者」たる地位を失っていないから,被控訴人のA請求は理由がある。また,健康管理手当についても,支給の開始に当たっては我が国に居住又は現在することが必要であると解されるが,認定後にされる援護の内容は金銭の給付であり,その性質から当然に,我が国に居住又は現在することが要求されるものでもないから,我が国に居住も現在もしない「被爆者」に対しても支給されるべきものというべきであり,被控訴人のBの請求も理由がある(原判決38ないし40ヘージ)。

(3)大阪府知事は,402号通達に基づいて,被控訴人に対して失権の取扱いをしたものであるところ,402号通達が被爆者援護法の解釈に反していることは前述のとおりであるが,控訴人らの主張内容に照らせば,その解釈にも一応の論拠があるものということができるから,知事に国家賠償法1条1項の故意又は過失を認めるに足りる特段の事情を認めることはできず,被控訴人のCの請求は理由がない(原判決40,41ページ)。


3 控訴理由の骨子

(1)しかしながら,被爆者援護法が在外被爆者をも適用対象としているとした原判決の判示は,以下に述へるとおり,同法の解釈を明らかに誤ったものである。

ア 原判決は,解釈上の効力存続要件を認めるためには特段の合理的理由が必要であると判示しているが,被爆者援護法がいかなる範囲の者に対して適用されるかは,明文規定の存否だけではなく,当該法律全体の法構造・立法者意思・法律の性格などから合理的に解釈することを要するのであって,原判決のように,海外不適用の明文規定が存しないことを重視しすぎることは適切でない。

イ 昭和32年に制定された原爆医療法に基づく医療給付は日本国内のみで受給し得るものであるから,原爆医療法が在外被爆者を適用対象としていなかったことは明らかであり,同法の追加施策として制定された被爆者特措法,これら原爆二法を一本化した被爆者援護法も同じく在外被爆者を適用対象とするものではない。また,被爆者援護法において最も基本的な援護として位置づけられているのは健康診断と医療給付であるから,これらの給付を受けられない在外被爆者が各種手当等のみを支給されるという事態は,被爆者援護法の給付体系において全く予定されていない。したがって,医療給付を受けられない在外被爆者も被爆者援護法の権利主体たり得るとした原判決は誤っている。

ウ 被爆者援護法の審議が行われた衆議院厚生委員会では,政府委員である谷修一厚生省保健医療局長が,政府案(現行の被爆者援護法)は在外被爆者に適用されない旨を答弁したのに対し,日本共産党から,在外被爆者も含む全被爆者に年金を支給すること等を内容とする修正案が提出されたが,同委員会は修正案を否決して政府案を可決・成立させたのであって,被爆者援護法を在外被爆者に適用しないという立法者意思は極めて明白である。立法者意思が控訴人らの主張を裏付ける合理的理由となり得ないと判示した原判決は誤っている。

エ 被爆者援護法,同法施行令及び同法施行規則によれば,(@被爆者健康手帳の交付申請及び各種手当支給の前提となる認定申請は,被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事に対して行わなければならず,Aその後に被爆者が各種手当等の支給や健康診断等を受けるのも,居住地又は現在地の都道府県知事からであり,B被爆者が各種届出を提出すべき先も,居住地又は現在地の都道府県知事であるとされているのであるから,被爆者援護法は,被爆者が支給決定後も,継続して日本に居住又は現在していることを当然の前提としているというべきであり,交付申請時や各種届出の提出時だけ日本に居住又は現在すれば足りるなどとする原判決の解釈は明らかに不合理である。

オ 被爆者援護法が非拠出制の社会保障法であることからすれば,特段の理由がない限り,社会連帯や相互扶助の観念を入れる余地のない在外被爆者が,同法の適用対象者となるとは考えられず,このような特段の理由がないにもかかわらず,非拠出制の社会保障法たる被爆者援護法が在外被爆者にも適用されるとした原判決は誤っている。また,被爆者以外の一般の戦争被害者については特段の補償がされていないこととの均衡を考慮すれば,被爆者援護法の制度の根底にある国家補償的配慮も,明文によって認められたものに限ると解するのが法の趣旨に適うのであって,国家補償的配慮があることや人道目的の立法であるという抽象的理念のみをもって,その適用範囲を広げることは,戦争被害に関する我が国の法体系に不整合をもたらすものであって誤りである。

(2)また,原判決は,上記のとおり,控訴人ら主張の解釈を採る余地があるとしても,このような解釈は,被爆者援護法が人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的とした立法であることに反し,憲法14条にも反するおそれがあると判示するが,@被爆者援護法がいかなる範囲で人道目的を達成するかは,同法の立法政策の問題であって,全被爆者に対して救済を図らなければ同法の根本的な趣旨目的に反するなどとは到底いえないし,A日本国内に居住又は現在する者と,そうではない者との間に区別を設けることは,憲法14条が許容する合理的区別であって,控訴人らの主張する解釈は何ら憲法14条に反するものではない。

(3)以下,これらの控訴理由について,詳述する。


第2 被爆者援護法は,日本に居住又は現在する被爆者のみを適用対象者としていることについて

1 控訴人らの解釈を是認するためには特段の合理的理由が必要であるとした原判決の誤りについて

(1)原判決の判示

 原判決は,解釈上,ある一定の事実の存続が行政処分の効力存続要件と解される余地があることを認めつつも,「しかしながら,日本に居住又は現在することを『被爆者』たる地位の存続要件とする旨の明文の規定を置くことは,立法技術上特段の困難はなく,それにもかかわらず明文の規定もなく,解釈上の効力存続要件を広く認めることは,行政による恣意的な取扱いを認めることにつながりかねず,ひいては法律による行政の原理に悖ることにもなりかねないから,かかる解釈を許容するか否かは慎重に判断されなければならない。」とし,さらに,「かかる解釈を許容するためには,明確な法理論上の根拠,あるいは,当該法律の規範構造から疑義のない程度に明白であるなど,特投の合理的理由が必要であるというべきである。」と判示している(原判決31ページ)。

(2)問題設定の誤り

 しかしながら,原判決は,本件を,被爆者に対していったん付与した権利を解釈によって剥奪することができるかという問題としてとらえているようにうかがわれるところ,本件で検討されるべきは,解釈による権利の剥奪の可否ではなく,被爆者援護法が被爆者に対して保障している権利の内容がどのようなものと解釈されるかという問題であるから,原判決はそもそも本件の争点についての把握が適切でない。

 すなわち,被爆者は,日本に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法1条にいう「被爆者」としては扱われなくなり,同法が「被爆者」に対する援護として実施する各種給付を受けられなくなるが,これは,被爆者援護法によっていったん付与され保障された権利が,日本国内に居住も現在もしなくなるという事実の発生によって,剥奪されることを意味するものではない。なぜならば,被爆者援護法に基づいて被爆者に与えられるのは,被爆者が日本国内に居住又は現在する限りにおいて給付を受けることができるという内容の権利であって,もともと何の限定も付されていない権利がいったん与えられた後,日本国内に居住も現在もしなくなるという事実の発生によってそれが剥奪されるわけではないからである。

 給付立法においては,戦傷病者戦没者遺族等援護法のように,年金等の援護を受ける権利の裁定をした上で(同法6条),給付を受ける者に生じた事実を権利の消滅事由(同法14条1項)として定めることにより,給付を受け得る者の範囲を限定する方式もあれば,被爆者援護法のようにそれぞれの援護の申請を居住地又は現在地の都道府県知事に申請させ,居住地又は現在地の都道府県知事に援護をさせることにより,給付を行う機関の管轄範囲という観点から,給付を受け得る者の範囲を限定する方式もあるのであるから,原判決のように,前者の方式しかあり得ないとの前提に立って法令を解釈するのは誤りである。

 したがって,本件において検討されるべきは,法律によっていったん付与され保障された権利を解釈によって剥奪することができるかという問題ではなく,被爆者援護法が被爆者に対して保障している権利の内容がそもそもどのようなものであると解釈されるか(いかなる範囲の者に対して付与される権利であると解釈されるか)という問題である。そして,どのような範囲の者に対して権利や利益を付与するかについては,国会の極めて広範な立法裁量にゆだねられている事柄である上,海外適用の可否については法律によっては必ずしも明文規定は設けられていないのであるから,その適用範囲を確定するに当たっては,明文規定の存否だけではなく,当該法律全体の法構造・立法者意思・法律の性格などから,国会がどのような立法政策を採ったのかを検討し,その適用範囲を合理的に解釈することを要するのであって,原判決のように海外不適用の明文規定が存しないことを重視しすぎることは,適切な解釈態度とはいえない。

 そして,被爆者援護法の法構造・立法者意思・法律の性格などからすれば,同法の適用対象者は日本国内に居住又は現在する被爆者のみであると解釈するのが合理的であるし,仮に原判決がいうところの「特段の合理的理由」が必要であるとしても,控訴人らの解釈には特段の合理的理由がある。
 以下,詳述する。


2 被爆者捜護法の給付体系(医療給付と各種手当の支給との関係)についての誤り

(1)原判決の判示

 原判決は,被爆者援護法10条の医療の給付については,厚生大臣(現厚生労働大臣)がその指定した医療機関に委託して診察等を給付するものであり,また,同法18条の一般疾病医療費の支給も,都道府県知事により指定された被爆者一般疾病医療機関において医療を受けた場合に厚生大臣がその費用の支給を行うものであり,在外被爆者に対する医療給付は予定されていないと認めながら,「『被爆者』たる地位に基づく権利は医療給付の受給に尽きるものではないから,医療給付が受けられないとの一事をもって『被爆者』たる地位が失われるということにはならない。」と判示し(原判決35,36ページ),医療給付を受けることが全く予定されていない在外被爆者も被爆者援護法の権利主体たり得るとしている。

(2)原爆法の制定経緯について

 しかしながら,被爆者援護法第3章第2節の健康管理及び同第3節の医療(以下,まとめて「医療給付」という。)を受けることが予定されていない在外被爆者を被爆者援護法の適用対象者に含めることは,原爆医療法をはじめとする原爆法の制定経過に明らかに反する。以下,原爆医療法,被爆者特措法,被爆者援護法という原爆法の制定経過を整理するとともに,これらの原爆法において在外被爆者が適用対象者とされていなかったことを詳述する。

ア 原爆医療法の制定及び適用範囲

 原子爆弾による健康への被害に対する初めての施策として制定されたのは,昭和32年に制定された原爆医療法である。原爆医療法は,被爆後10余年を経過しても,被爆者が今なお置かれている健康上の特別な状態にかんがみ,被爆者に対して適切な健康珍断及び指導を行うとともに,不幸にして原子爆弾の放射能により発病した被爆者に対して国において医療を行い,その健康の保持及び向上を図ることを目均として制定された法律である。

 原爆医療法に定める被爆者に対する援護の内容は,
@健康診断及びこれに基づく指導(原爆医療法4条,6条),
A原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被嬢者に対する,指定医療機関における医療の現物給付(原爆医療法7条,9条),
B被爆者が,負傷又は疾病く遺伝性疾病,先天性疾病等を除く。)につき,被爆者一般疾病医療機関から医療を受けた場合の当該医療費の支給(原爆医療法14条の2第1項)であるところ,@健康診断及び指導は,当該被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事が行うものであるから(原爆医療法4条),国外においてされることは全く予定されていない。また,A及びBの指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機関は,これらの医療機関に対する厚生大臣の監督権限が規定されていること(原爆医療法9条3項,13条,14条3項,14条の3第3項,14条の5)からも明らかなとおり,国内の医療機関のみが予定されており,したがって,在外被爆者が国外においてA及びBの医療給付を受けることも予定されていない。なお,被爆者は,緊急その他やむを得ない理由により指定医療機関や被爆者一般疾病医療機関以外の者から医療を受けた場合には,医療費の支給を受けることができるが(原爆医療法14条1項,14条の2第1項),原判決が判示するとおり,医療費の支給は,「要件として緊急その他やむを得ない理由を必要とするものであり,これをもって,日本に居住も現在もしない『被爆者』に医療給付が行われるべきであるとの根拠となるものではない。」(原判決36ページ)から,これらの規定をもって,在外被爆者に対する医療給付が予定されているとはいい得ない。したがって,在外被爆者に対する医療給付は予定されていないのであって,この点は,前記のとおり,原判決も認めるところである。

 そして,原判決は,被爆者援護法については,.「被爆者」たる地位に基づく権利は医療給付の受給に尽きるものではないことをもって,医療給付が全く受けられない在外被爆者も被爆者援護法の権利主体たり得るとしているが,原爆医療法に基づいて「被爆者」が受け得る給付は医療給付に尽きるものであるから,原判決の判示を前提としても,原爆医療法2条にいう「被爆者」に在外被爆者が含まれないことは明らかである。

 最高裁昭和53年判決(孫振斗判決)が,「被爆者であつてわが国内に現在する者である限りは,その現在する理由等のいかんを問うことなく,広く同法の適用を認めて救済をはかることが,同法のもつ国家補償の趣旨にも適合する」とし,また,「退去強制により,不法入国した被爆者が短期間しか同法の,給付を受けられない場合がありうるとしても,そのことだけで,その間の給付が全く無益又は無意味であつたことに帰するものではない。」と説示しているのも,原爆医療法に基づく給付が在外被爆者に対して行われることがあり得ず,同法が在外被爆者に対しては適用されないことを当然の前提としているからであると解される。

 以上のとおり,昭和32年に制定された原爆医療法に基づく「被爆者」に対する給付は,在外被爆者に対しては適用されないことが法文上からも明らかであった。

イ 被爆者特措法の適用範囲

 このように,被爆者に対する援護の措置としては,昭和32年以降,医療給付をもって行われてきたが,昭和43年に,これに加え,特別の状態にある被爆者に対する施策としてさらに被爆者特措法が制定された。その立法趣旨は,原子爆弾の傷害作用の影響を受けた者の中には,身体的,精神的,経済的あるいは社会的に生活能力が劣っている者や,現に疾病に罹患しているため,他の一般国民にみられない特別の支出を余儀なくされている者等の特別な状態にある被爆者が数多く見られることから,その特別の需要を満たすためには原爆医療法による医療の給付等のみでは十分ではなく,これに加えた施策を実施する必要があると判断されたためである。

 被爆者特措法に基づく各種手当の受給要件については,各種手当に関する条文ごとに規定されているところであるが,その要件は,「原爆医療法2条に規定する被爆者」であることを前提に,一定の要件を付加するものであるから,被爆者特措法の適用対象者は,少なくとも原爆医療法の適用を受ける者であることが前提である。すると,上記アのとおり,原爆医療法2条にいう「被爆者」には在外被爆者が含まれないのであるから,当然のことながら,被爆者特措法の適用対象者にも在外被爆者は含まれないことになる。
 したがって,被爆者特措法も,在外被爆者に対して適用されないことが明らかであった。

ウ 被爆者援護法の適用範囲

 さらに,平成6年,被爆後50年の時を迎えるに当たり,恒久の平和を念願するとともに,被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原爆死没者の尊い犠牲を銘記するため,原爆二法を一本化し,総合的な被爆者対策を実施する観点から,被爆者援護法が制定された。

 被爆者援護法の適用対象者は,同法1条に規定されている「被爆者」であり,その定義は,原爆医療法2条に規定されていた「被爆者」と全く同一である。また,被爆者援護法は原爆二法を一本化して制定された法律であるから,その適用範囲は原爆二法と同一であると解される。すると,上記ア及びイで述べたとおり,原爆医療法2条の「被爆者」に在外被爆者は含まれず,また,被爆者特措法も在外被爆者を適用対象としていないのであるから,被爆者援護法1条の「被爆者」に在外被爆者が含まれていないことは明らかである。この点については,平成6年12月6日の参議院厚生委員会の審議においても,竹村泰子議員から,「被爆者援護法は旧来の原爆二法同様,海外の在住者は対象外となるのでしょうか」(傍線部引用者)との質問がされたのに対し,谷政府委員は,「今,御提案をさせていただいております新法の適用につきましては,現行の原爆二法と同様に日本国内に居住する者を対象とするという立場をとっております。」(傍線部引用者)と答弁している(乙第22号証2ページ)。
 したがって,被爆者援護法もまた,在外被爆者を適用対象としていないことが明らかである。

エ 小括

 以上のとおり,医療給付を内容とする原爆医療法はもともと在外被爆者を適用対象者に含んでおらず,原爆医療法の適用範囲は,同法の追加施策として制定された被爆者特措法,そして,これら二法を一本化した被爆者援護法に引き継がれているものである。このような,被爆者援護法の成立に至るまでの経緯にかんがみると,被爆者援護法が在外被爆者を適用対象者としていないことは明らかである。医療給付を受けられない在外被爆者に対し各種手当の支給のみを認めた原判決は,このような原爆法の制定経過を無視するものであって不当である。

(3)被爆者援護法の法構造(医療給付と各種手当支給の一体的実施)

 また,原判決のように,医療給付の受給者と各種手当の受給者を切り離して考えることは,被爆者援護法の法構造にも適合しない。

ア 被爆者援護法の制定経緯

 被爆者援護法の制定経緯は上記(2)のとおりであり,昭和32年に,医療給付を内容とする原爆医療法が制定された後,昭和43年に,原爆医療法による医療の給付等を補完する意味で,被爆者特措法が制定され,さらに平成6年,これらを一本化し,総合的な捷護対策を講じるために被爆者援護法が制定されたものである。

 以上の制定経緯からも明らかなように,原子爆弾による放射能に起因する健康被害に対する施策として,最も基本に位置づけられているのは医療給付であり,各種手当の支給は,医療給付等のみでは援護の措置として十分ではないと判断される者に対して,さらに補完的に,特別の措置として支給されるものである。つまり,医療給付がすべての「被爆者」が受給できる援護であるのに対し,各種手当は別途の要件を満たした「被爆者」のみが更に受給できる援護であって,いわば,建物の1階部分と2階部分に当たるものといえる。

イ 健康管理手当の趣旨

 医療給付と各種手当の関係を,本件の健康管理手当を例にとってみれば,両者が建物の1階部分と2階部分に当たる関係にあることは一層明らかになる。
 すなわち,健康管理手当は,放射能との関連性を明確に否定できない疾病にかかっている者は,日常十分に健康上の注意を払う必要があるため,このような健康管理に必要な出費に充てることを給付の本旨とするものであり,損失補償や所得保障を趣旨とするものではない。つまり,健康管理手当の支給を受ける者は,被爆者健康手帳の交付を受けている「被爆者」であるから,毎年健康診断を受け(被爆者援護法7条),疾病等(ただし遺伝性疾病等を除く。)に罹患した場合には,速やかに被爆者一般疾病医療機関において無料で治療を受けることにより(被爆者援護法18条),十分な医療措置を受けることが可能である。しかしながら,当該被爆者が,放射能との関連性を明確に否定できない疾病にかかっている場合には,十分な医療措置を受けるだけではなく,日々の健康管理にも注意を払うことが望ましい。そこで,被爆者援護法は,医療給付を基本としつつも,医療給付だけでは賄えない日々の健康管理に費やされる出費に対応するものとして,健康管理手当を支給することとしているのであり,医療給付をそもそも受けられない被爆者が,健康管理手当のみを受給するなどという事態は全く想定していないものである。

ウ 被爆者援護法の前文及び同法6条

 また,被爆者援護法において,各種手当の支給が医療給付と一体となって行われるべきものとして考えられていることは,その前文や同法6条の規定からも明らかである。
 すなわち,被爆者援護法は,その前文において,「原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ・・・この法律を制定する。」(傍線部引用者)と規定している。また,同法6条では,「国は,被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉の向上を図るため,都道府県並びに広島市及び長崎市と連携を図りながら,被爆者に対する援護を総合的に実施するものとする。」(傍線部引用者)と規定しているのである。
 このように被爆者援護法は,原爆放射能に起因する特殊な健康被害に苦しむ被爆者に対し,保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じることを目的としている。これは,特殊な健康被害の状態にある被爆者に対して,健康の維持及び増進並びに福祉を図るためには,健康診斬の実施,医療の給付,手当の支給,更に福祉サービスの提供が一連の施策の中で行われることが必要であり,また,これら各種援護施策が総合的に実施されることによって効果が得られるものであるとの観点に立って,これら施策を一体のものとして実施することを予定しているものである。したがって,これらの施策を分断して,医療は給付しないが,手当だけを支給するなどということは,被爆者援護法においては全く予定されていないというべきである。

エ 小括

 以上のとおり,被爆者援護法の制定経緯,健康管理手当の趣旨,被爆者援護法の前文等のいずれからしても,被爆者に対する最も基本的な援護として位置づけられているのは医療給付であって,各種手当の支給は,医療給付のみでは十分ではないと考えられる者に対する補完的,上乗せ的な援護として位置づけられているにすぎない。このような両者の関係に照らせば,建物の1階部分に当たる医療給付を受けることが全く予定されていない在外被爆者が,建物の2階部分に当たる各種手当の支給のみを受けるというのは,被爆者援護法の法構造に沿わないのであって,原判決の判断は,同法の給付体系をおよそ無視するものである。

3 立法者意思に関する誤り

 原判決は,「被告らの指摘する立法者意思もその主張を裏付ける合理的理由とはなり得ない。」(原判決34ページ)として,被爆者援護法は在外被爆者に対して適用されないことを前提に図会で可決・成立しているとの控訴人らの主張を排斥した。しかしながら,以下に詳述するとおり,原判決は,被爆者援護法の審議・成立過程に関する検討が不十分であり,立法者意思の内容を誤って理解している上,被爆者援護法の法解釈をするに当たって立法者意思を不当に軽視している。

(1)国会審議からうかがわれる立法者意思

ア 原判決の判示

 まず,原判決は,被爆者援護法の立法者意思について,「これらの答弁がなされた事実だけでは,必ずしもそれが立法者の意思そのものであるとは言い切れない」(原判決33ページ)と判示している。これは,被爆者援護法を審議した第131回国会衆議院厚生委員会(平成6年12月1日)において,谷政府委員が行った答弁だけでは,在外被堤者を適用対象としないという立法者意思は明確ではないという趣旨であると解される。

イ 立法者意思の内容

 しかしながら,控訴人らは,杏政府委員の答弁のみをもって,在外被爆者を適用対象としないとする立法者意思が明らかであると主張していたのではなく,在外被爆者を含む全被爆者への給付を内容とした日本共産党の修正案を否決した上で,現行の被爆者援護法が成立しているという立法経過も踏まえた上で,立法者意思は明らかであると主張しているのである(控訴人らの原審における第11準備書面6ないし8ページ)。

 すなわち,平成6年12月1日における衆議院厚生委員会では,岩佐恵美委員から,「政府案(引用者注:現行の被爆者援護法)では,外国に居住する被爆者に対しては援護の措置が行われないこととなっているわけですけれども,これが国家補償に基づく被爆者年金となれば外国に居住する被爆者に支給されることになると思いますけれども,その点,いかがでしょうか。」との質問がなされ,これに対して,谷政府委員が,「現在御審議をいただいております政府案の適用につきましては,同法に基づきます給付というのが,拠出を要件としない金的財源によって賄われるものであるということ,それから他の制度との均衡を考慮する必要があるということから,日本国内に居住する者を対象として手当を支給するということで考えているわけでございます。したがいまして,手当であるかあるいは年金という名前であるかということを問わず,我が国の主権の及ばない外国において日本の国内法である新法を適用することはできないというふうに考えております。」と答弁をし,政府案が在外被爆者を適用対象としていないことを明確にした。

 これに対し,さらに,岩佐委員は,「衆議院の法制局に聞いたところ,年金化したら外国にいても支給される,そういう説が有力であるというふうに言われています。私どもとしては,年金化してこの人たちにきちんと援護の措置をとるべきだというふうに思っております。」と述べ(乙第4号証12ページ),その後,岩佐委員が所属する日本共産党は,全被爆者へ年金を支給すること等を内容とする修正案を提案した(乙第4号証14ページ)。

 しかし,同委員会は,反対多数で日本共産党の修正案を否決し,政府案を原案どおり可決し(乙第4号証16ページ),その後,同政府案は,衆議院本会議及び参議院の審議を経て,両議院で可決・成立したのである。

 以上のとおり,厚生委員会は,在外被爆者を適用対象としていない政府案に対する形で,在外被爆者を適用対象とすることを内容とする修正案が日本共産党から提出されたにもかかわらず,これを否決した上で,政府案を可決しているのであって,このことからすれば,在外被爆者を適用対象としないという立法者の意思は極めて明白である。谷政府委員による答弁だけでは,必ずしもそれが立法者の意思そのものであるとはいい切れないという原判決の判示は,控訴人らの主張を正解せず,日本共産党の修正案を否決したという立法経過について何ら判断を示していないものであって,前提において誤っている。

(2)日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を失権させる旨の規定が設けられなかった理由について

ア 原判決の判示

 また,原判決は,「立法当時から,すでに国外に居住する被爆者に対する対応が問題とされており,しかもその問題の解決がすでに法文の解釈上から明らかなものとなっていたとはいえない状況下において,あえて,日本に居住も現在もしなくなることにより『被爆者』たる地位を失権させる旨の規定が設けられなかったことに徹するならば,被爆者援護法は国外居住者を排除する趣旨ではないと解する方がむしろ自然であるとさえいえる。」と判示する(原判決33ページ)。

イ 明文規定が設けられなかった理由

 しかしながら,被爆者援護法に,日本に居住も現在もしなくなることにより「被爆者」たる地位を失う旨の規定がおかれなかったのは,前記2,(2)のとおり,被爆者援護法1条の「被爆者」が,在外被爆者を含んでいない原爆医療法2条の「被爆者」をそのまま引き経いでいた関係上,特に失権規定を設けなくとも,被爆者援護法の適用対象者が日本に居住又は現在する者であることが明らかであったからであって,在外被爆者を適用対象者に含める趣旨で,あえて,明文規定を置かなかったのではない。

 したがって,政府案(現行の被爆者扱護法)が在外被爆者を対象としていないことは,審議の当時から,法文の解釈上明らかであったのであり,原判決が判示するとおり,在外被爆者についての問題の解決が,「すでに法文の解釈上からも明らかなものとなっていたとはいえない」状況下にあったなどという事実は存在しない。被爆者援護法の立法当時において問題となったのは,在外被爆者に適用されない政府案をそのまま可決してよいかどうかであって,政府案が在外被爆者を適用対象としているか否かが不明であるとして問題となったのではない。このことは,岩佐委員が,「政府案では,外国に居住する被爆者に対しては援護の措置が行われないことになっているわけですけれども」(乙第4号証12ページ)と述べ,政府案が在外被爆者を対象としていないことを当然の前提として質問を行っていることからも明らかである。政府案が在外被爆者を適用対象としていなかったからこそ,日本共産党に所属する岩佐委員は,年金化すれば在外被爆者に対しても支給がされることになる旨を指摘し,日本共産党は,その趣旨も含めて,在外被爆者も含む全被爆者に対する年金支給を内容とする修正案を提出したのである。政府案が「あえて」明文規定を設けなかったとする原判決は,全く根拠に基づかない一方的な推論といわざるを得ない。

(3)在外被爆者に対して被爆者援護法が適用されないことを前提とした上での各種援護措置の存在

 なお付言するに,我が国は,在外被爆者に原爆法の適用がないとの前提に立った上で,外交ルートを通じて,在外被爆者の国情に応じた検診事業,基金拠出等の様々な援護施策を講じている。
 すなわち,具体的には,在韓被爆者に対しては,昭和56年から同61年までの間に渡日治療を実施し,また,平成3年及び同5年においては,在韓被爆者の医療支援のための基金として,総額40億円を拠出しており,当該基金により在韓被爆者は医療費の一部補助等を受けている。また,在北米・南米の被爆者に対しては,隔年で医師を派遣し,健康診断を実施してきている。そして,平成6年12月6日の参議院厚生委員会においては,谷政府委員から,在外被爆者に原爆法は適用されないが,巡回診療等の援護措置が行われている旨の説明がされているところである(乙第22号証2ページ)。

 以上のとおり,在外被爆者に対する援護は,被爆者援護法の適用によってではなく,外交ルートを通じた検診事業,基金拠出等によって行うとの枠組みが確立されており,被爆者援護法は,このような枠組みを前提として成立しているものである。仮に,被爆者援護法の成立をもって,在外被爆者を適用対象者に含めることになったのであれば,法律の適用外において行ってきている各種の捷護措置との調整が必要となるはずであるが,そのようなことは全く審議されていない。この点からしても,被爆者援護法が在外被爆者を適用対象としていないことを,立法府が認識していたことは明らかである。

(4)立法者意思の位置づけについて

 前記(1)ないし(3)のとおり,被爆者援護法を在外被爆者に適用しないとの立法者意思は極めて明確であるが,原判決は,「法律の解釈はまず第一に法文の合理的解釈によもべきものであるから,立法者意思も第一次的には当該法文に表われた合理的な立法者意思を探求すべきであって,国会における答弁等を過大祝することは許されず,これらは,あくまでも解釈の参考資料として位置づけられるにすぎない。」とも判示している(原判決33,34ぺージ)。

 確かに,法律の解釈に当たって,まず法文の文言解釈が重要であることは原判決の判示するとおりである。しかしながら,被爆者援護法については,日本に居住も現在もしなくなることによって「被爆者」の地位を失うとの明文規定は存しないけれども,逆に,在外被爆者に対する給付を予定した規定も全く存在しないばかりか,かえって,後記のとおり,被爆者が日本に居住又は現在することを予定している規定が多数存在する。したがって,法文の文言解釈のみで,在外被爆者が同法の適用対象に含まれるとの結論を導くことはむしろ不可能なのである。

 そして,法文の文言解釈のみで結論を導くことができない場合には,当該法律がどのような趣旨・目的で制定されたのかを知ることが,適用範囲を画するに当たって非常に重要となる。特に被爆者援護法のように,金的な財源によって賄われる給付立法の場合には,どの範囲の者に対して給付を行うかは国会の広範な立法裁量にゆだねられているのであるから,国会が,どのような価値・利益等を実現・保護するために当該法律を立法し,その結果,いかなる範囲・対象に対して給付が行われることとなったのかを探求することは,必要不可欠の作業であるというべきである。

 以上のとおり,被爆者援護法のように,法文の文言解釈のみでは結論が一義的に導かれず,適用範囲に関する立法裁量が極めて広い法律については,立法者意思を探求することが非常に重要な解釈手法となるのであって,原判決は,立法者意思に関する位置づけを誤っているというほかない。

(5)小括

  以上のとおりであるから,被爆者援護法制定時の審議経過,原爆法の制定経緯等からすると,被爆者援護法を在外被爆者に適用しないという立法者意思は極めて明確であり,被爆者援護法が日本に居住又は現在する者のみを適用対象としていることは明らかである。


4 日本に居住又は現在する者に対する給付を予定している被爆者援護法の規定の存在についての判断の誤りについて

(1)原判決の判示

 原判決は,「被爆者健康手帳交付申請時,並びに各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定申請時には,日本に居住又は現在することが必要となる。」としながらも,@各種給付を行う機関が都道府県知事とされていること,A「被爆者」が他の都道府県の区域に居住地を移したときには届出義務があること,B医療特別手当について3年ごとの健康状況届を,保健手当について毎年現況届を,いずれも居住地又は現在地の都道府県知事に提出することとなっていることは,いずれも,いったん取得した「被爆者」たる地位を失権させる根拠となり得るものではないと判示する(原判決34,35ページ)。

(2)各種給付の実施機関が都道府県知事とされていること

ア しかしながら,控訴人らの原審における第10準備書面(22ないし24ペ一ジ)において詳述したとおり,被爆者援護法においては,被爆者に対して手当等を支給する機関は都道府県知事であるとされ(同法24条ないし28条,31条,32条),また,健康診断等の健康管理を実施する機関も都道府県知事とされ(同法7条ないし9条),さらに,これらの手当等の支給に要する費用は,都道府県の支弁とされている(同法42条)。そして,被爆者援護法施行令3条1項,2項及び岡法施行規則4条2項,3項によれば,被爆者に各種給付を行う都道府県知事の管轄は,被爆者の居住地(居住地を有しないときは現在地)の変更に従って移転することとされているから,被爆者に各種給付を行う「都道府県知事」とは,「当該被爆者が居住又は現在する地を管轄する都道府県知事」を意味することが明らかであり,このことからも,被爆者が日本国内に居住も現在もしていないという事態は,被爆者援護法上予定されていないといえる。

イ これに対し,原判決は,「被爆者援護法第3章第2節の健康管理及び同第4節の各種手当の支給の実施主体は,都道府県知事とされているが,これ自体は実施主体を定めているものにすぎず,その意味では,法所定の援護と援護の実施主体とを連結するための管轄を定めている技術的規定であって,必ずしも受給者が日本に居住又は現在していることを必要とするものではない。」と判示している(原判決34,35ページ)。

 しかしながら,原判決は,被爆者健康手帳の交付申請時については,被爆者援護法2条1項が,「被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならない。」と規定していること,あるいは手当等の支給の前提となる都道府県知事の認定に関する各規定から,「被爆者健康手帳を取得して『被爆者』たる地位を取得するためには,少なくとも,交付申請の時点で」(原判決30ページ),さらに「各種手当支給の支給の前提となる都道府県知事の認定申請時には」(原判決34ページ)日本に居住又は現在することが必要となる旨判示しているのであるが,なぜ,これらの申請時と,各種給付の受給時とを別異に解さなければならないのかについては,全く明らかにしていない。

 控訴人らが指摘する各規定が,被爆者に対して給付を行う機関を定めた管轄規定であって,失権規定そのものではないことはもちろんではあるが,給付を行う機関が,当該被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事とされていることからすれば,被爆者援護法が在外被爆者に対する給付を予定していないことは明白であり,このことは,これらの規定が技術的規定であるか否かにかかわりない。原判決の判示は,控訴人らの主張を排斥する理由とはなっていないというべきである。

ウ また,原判決の判示によると,当該被爆者の最後の居住地又は現在地の都道府県知事は,当該被爆者が日本国内に居住も現在もしなくなった場合であっても,引き続き同人に対し各種手当を支給しなくてはならないことになるが,被爆者援護法によれば,都道府県知事が支給を行うことができるのは,その都道府県内に現に居住地又は現在地を有する被爆者に対してのみであって,都道府県知事が在外被爆者に対し各種手当を支給し得る法律上の根拠規定は存在しない。

 すなわち,健康管理手当を含む被爆者援護法のすべての手当等(特別葬祭給付金を除く。)は,国が直接支給するものではなく,都道府県知事が支給する(法24条1項ほか)こととされている。この場合の支給は単に都道府県を経由する意味ではなく,「都道府県が支弁する(法42条)」ことを前提としているものである(国は,都道府県が支弁した費用を交付金をもって,第二次的に負担する。被爆者援護法43条1項)。したがって,都道府県知事が被爆者に対して各種手当を支給するためには,これを都道府県の予算に計上し,議会の承認を経てこれを執行しなければならないが,当該普通地方公共団体の事務ではないものについて,都道府県の負担としてこれを支出するためには,法令上の根拠に基づいてされることが必要である(地方自治法232条1項)。そして,都道府県による支出が税金を財源とするものであることからすれば,当該法令が都道府県に経費の支弁が求める場合には,当然に,同法令にその旨の明文規定が設けられるはずであり,都道府県が解釈によって経費の支弁を行うということは通常あり得ない。

 ところが,被爆者援護法上,被爆者に対して各種手当を支給する都道府県知事は,当該被爆者の居住地又は現在地の都道府県知事とされているのであって,その管轄地域外にある在外被爆者に対して,都道府県が各種手当に係る費用を支弁することを定めた規定は存在せず,被爆者援護法が規定する「都道府県知事」又は「都道府県」を,当該被爆者の最後の居住地又は現在地の都道府県知事又は都道府県と読み替えることを許す規定も存在しない。このことは,被爆者援護法49条が,広島市及び長崎市については,同法律の規定中「都道府県知事」又は「都道府県」とあるのを,「市長」又は「市」と読み替えるとの読み替え規定を置いていることと比較しても一層明らかである。このように,当該被爆者が居住も現在もしない都道府県が解釈によって経費を支弁するととは全く予定されておらず,仮に原判決が判示するとおり,在外被爆者に対する支給を被爆者援護法が予定していたのであれば,当然読み替え規定を置くはずであると考えられることからすれば,同法は在外被爆者に対する適用を前提としていないと解すべきである。

 なお,原判決の判示によれば,在外被爆者に対して費用を支弁するのは都道府県であることになり,それが誤っていることは前記のとおりであるが,他方において,在外被爆者に対して国が直接手当を支給できる旨の規定も,被爆者捜護法には存在しない。明文規定なくして国が仝金を支出することが予定されていないことは,都道府県の場合と同様である。なお,原判決は,明文なくして海外給付を行っている例として,戦傷病者戦没者遺族等援護法及び労災保険法を挙げているがく原判決39ページ),戦傷病者戦没者遺族等捷護法に基づく年金等の権利裁定は厚生労働大臣がこれを行うこととされており(同法6条),都道府県知事は各種請求の受理及び権利裁定に必要な調査に関する事務を行うにすぎず(同法50条1項,同法施行令12条),労災保険は保険者たる政府が管掌しており(労災保険法2条),いずれも,国が支出することについて明文規定が存在する。

 以上のとおり,被爆者援護法の規定によれば,都道府県知事が,その管轄内に居住も現在もしない被爆者に対して,各種手当を支給することはできないのであって,原判決は明らかに法文の解釈を誤っている。

(3)支給決定後の各種届出義務

ア また,控訴人の原審における第10準備書面(28ないし31ページ)において詳述したとおり,例えば,医療特別手当の受給者は,自らが手当受給の要件に該当しなくなったときは」速やかに居住地(居住地を有しないときは現在地。以下同じ。)の都道府県知事に届出を提出しなければならず(被爆者援護法施行規則39条),また,同受給者が受給要件を満たしているか否かの確認のため,同受給者は,申請日から起算して3年ごとに,医療特別手当健康状況届に診断書を添えて居住地の都道府県知事に提出しなければならない(同法施行規則32条)。このように,被爆者援護法は,医療特別手当受給者に対して,当該被爆者が居住又は現在する地を管轄する都道府県知事に対して,健康状況届等の届出をすべき義務を課しているところ,こうした届出の規定は,医療特別手当だけでなく,保健手当についてもみられ(同法施行規則60条。ただし,同法28条3項ただし書に規定する者に限る。),要件不該当の届出の規定は,健康管理手当についてもみられる(同法施行規則54条,39条)。

 そして,医療特別手当健康状況届に添付すべき診断書は,被爆者援護法12条1項の規定による指定を受けた病院又は診療所の医師の診断書でなければならないところ(被爆者援護法施行規則32条1項,29条1項),法12条1項の規定による指定を受けた指定医療機関は,原判決も認めているとおり(原判決36ページ),日本国内の医療機関のみが予定されているから,在外被爆者が国外から,医療特別手当健康状況届及び診断書を郵送してくることは予定されていない。したがって,以上の規定からすれば,被爆者援護法は,各種手当の支給決定を受けた後も,被爆者が日本に居住又は現在していることを当然の前提としているといえる。

イ これに対し,原判決は,「医療特別手当に関する被爆者援護法施行規則32条あるいは健康保健手当(引用者注:「保健手当」の誤りであると思われる。)に関する同法施行規則60条の届出義務等についても,これらの規定が,国外からの届出を予定していない趣旨であるとしても,それは,これらの届出をする際には,『被爆者』は日本に現在している必要があるものと解すれば足りるのであり,これが課されていない手当もあり,いったん取得した『被爆者』たる地位を失権させる根拠となり得ないことは明らかである。」と判示する(原判決35ペ一ジ)。

 しかしながら,上記のとおり,@被爆者健康手帳の交付申請及び各種手当の前提となる認定申請は,居住地又は現在地の都道府県知事に対して行わなければならず,A被爆者がその後に,各種手当の支給や健康診断等の給付を受けるのも,居住地又は現在地の都道府県知事からであり,B被爆者が各種届出を提出すべき先も,居住地又は現在地の都道府県知事であるとされていることを併せ考えれば,被爆者援護法は,被爆者が支給決定後も,継続して日本に居住又は現在していることを当然の前提としているというべきであって,届出の提出時だけ日本に居住又は現在していればよいなどという解釈は,あまりに不合理である。また,原判決は,届出義務が課されていない手当もあるとするが(原判決35ページ),居住地を変更した場合の都道府県知事に対する届出義務はすべての「被爆者」に対して課されており(被爆者援護法施行令3条1項),都道府県知事に対する届出義務が何ら課されていない手当は存在しない。また,健康状況届や要件不該当の届出に限って考えても,このような届出義務が定められている手当について,支給決定後も日本に居住又は現在していることが予定されていることは既に述べたとおりであり,これらの届出義務が課されている手当とそれ以外の手当とで,被爆者援護法の適用範囲が別異に解されるべき根拠はないから,他の手当受給者についても,支給決定後も日本に居住又は現在していることが予定されているというべきである。

 原判決は,在外被爆者に対する支給を認めるために,申請時及び届出の提出時にのみ日本国内に居住又は現在することが必要であると解すれば足りるなどと,極めて不合理な法令解釈を行わざるを得なくなっているのであって,その誤りは明白である。

5 被爆者援護法の法的性格について

(1)被爆者援護法の非拠出制の社会保障法としての性格

ア 原判決は,「非拠出制の社会保障制度が社会連帯ないし相互扶助の観念を基礎とし社会構成員の税負担に依存しているものであることから,その適用対象者は,我が国社会の構成員たる者に限定されるとの原則論を−応肯定することができるとしても,具体的な社会保障制度においてどの範囲の者を適用対象とするかは,それそれの制度における個別的政策決定の問題であり,被爆者援護法の社会保障としての性格から演繹的に被告らの主張する解釈を導くことはできないというべきである。」(原判決32ページ)と判示する。

イ しかしながら,控訴人らは,被爆者援護法が非拠出制の社会保障法としての性格を有することのみを根拠に,演繹的に,在外被爆者がその適用対象とならないとの結論が導かれると主張しているのではない。

 すなわち,原判決も認めるとおり,非拠出制の社会保障法の適用対象者は我が国社会の構成員に限定されるのが原則であり,控訴人らが把握している範囲では,非拠出制の社会保障法であるにもかかわらず,日本に居住も現在もしない者を適用対象としている法律は存在しない。そして,確かに,それぞれの法律がどの範囲の者を適用対象とするかは,それぞれの制度における個別的政策決定の問題であるが,非拠出制の社会保障法の性格上,現在の日本社会に何らの関係ももたない者が適用対象とされることは極めて例外的な事態であるから,仮に被爆者援護法がそのような例外を認めていると解するのであれば,むしろその点について,特段の根拠が必要であるというべきである。ところが,被爆者援護法の給付体系及び各種規定も,立法者意思も,原爆法の制定経過も,いずれも被爆者援護法が在外被爆者を適用対象としていないことを示しているのであって,同法が在外被爆者に対して適用されることを予定していることを裏付ける根拠は何ら存在しない。したがって,原則に対して例外を認めるべき特段の根拠がない以上,他の非拠出制の社会保障法と同様,被爆者援護法も,日本に居住も現在もしない者は適用対象としていないと解すべきである。

 原判決は,以上の適用範囲に関する原則と例外を適正に勘案しておらず,被爆者援護法の非拠出制の社会保障法としての性格を不当に軽視している。

(2)被爆者援護法における国家補償的配慮

ア また,原判決は,被爆者援護法は社会保障と国家補償の性格を併有する特殊な立法というべきものであるとした上で,「このような被爆者援護法の複合的な性格,さらに,同法が被爆者が被った特殊の被害にかんがみ被爆者に援護を講じるという人道的目的の立法であることに照らすならば,社会保障的性質を有するからといって,当然に我が国に居住も現在もしていない者を排除するという解釈を導くことは困難というほかはない。」と判示する(原判決33ページ)。

イ この点,原爆法の制度の根底に国家補償的配慮があることは控訴人らとしても否定するところではないが,その趣旨を考えるに当たっては,一般の戦争被害者との均衡を考えることが不可欠である。

 すなわち,およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態の下においては,国民のすべてが,多かれ少なかれ,その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていたのであって,これらの犠牲は,いずれも,戦争犠牲又は戦争被害として国民の等しく受忍しなければならなかったところであり,最高裁判決においても,いわゆる戦争被害について,憲法29条3項に基づく補償請求をすることは認められていない(最高裁昭和43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808ページ,最高裁昭和44年7月4日第二小法廷判決・民集23巻8号1321ページ,最高裁平成9年3月13日第一小法廷判決・民集51巻3号1233ページ)。

 これに対し,被爆者の犠牲は,同じく戦争被害ではあるが,「放射能による特殊な健康被害」(被爆者援護法前文参照)という側面において,他の一般の戦争被害とは一線を画すべき「特殊の戦争被害」(最高裁昭和53年判決参照)であることにかんがみ,特に原爆法をもって,各種の援護措置を講じることとなったものである。

 しかしながら,被爆者に対する援護措置は,結局は,国民の税負担によって賄われることになるところ,ほとんどすべての国民が何らかの戦争被害を受け,戦争の惨禍に苦しめられてきたという実情においては,被爆者の受けた放射能による健康障害が特異なものであり,「特殊の戦争被害」というべきものであるからといって,他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生じるようであっては,その対策は,容易に国民的合意を得難く,かつまた,それは社会的公平を確保するゆえんでもない。一般の戦争被害者に対する対策と被爆者に対する対策との均衡については,これまでの国会審議においても度々取り上げられているところであり,上記平成6年12月1日衆議院厚生委員会において提案された日本共産党の修正案に対しても,鈴木俊一委員から,「日本共産党の提出された修正案につきましては,国の戦争責任に基づく国家補償を前提としたものであり,他の戦争被害者との均衡などの面で基本的な問題を含んだものであり,私どもといたしましては,本案に反対の意を表するものであります。」(傍線部引用者)(乙第4号証15ページ)との反対討論が行われている。

 このように,被爆者援護法の制度の根底に国家補償的配慮があることを否定できないにしても,その国家補償的配慮は,他の一般の戦争被害者に対する対策との均衡の点からして極めて例外的な法制度であるから,その適用範囲は,明文によって認められたもののみに限るのが法の趣旨に適う。そして,被爆者援護法が,国籍要件を設けず,被爆者の収入ないし資産状態のいかんを問わず全額公費負担による給付を行い,我が国に居住地を有しない被爆者をも適用対象とするなど,国家補償的配慮を根底に有すると考えられる法制度を整えながら,あえて在外被爆者に対する支給規定を設けなかったことからすれば,被爆者援護法は,上記の範囲に限って国家補償的配慮を実現することとしたと考えるべきであって,これらの明文規定を逸脱して,単に国家補償的配慮や人道目的の立法であるという抽象的な理念のみをもってその適用範囲を広げることは,被爆者援護法における国家補償的配慮を根拠なく拡大解釈するものであり,また,戦争被害に関する我が国の法体系に不整合をもたらすものというべきである。

 この点については,最高裁昭和53年判決(孫振斗判決)も,不法入国者を現在者として原爆医療法の適用対象者として認めるにつき,「(原爆医療法)3条1項にはわが国に居住地を有しない被爆者をも適用対象者として予定した規定があることなどから考えると」と判示しており,現在者を適用対象者として認めるについては,同法3条1項という明文規定があることを前提としているところである。
 したがって,何ら明文規定がないにもかかわらず,国家補償的配慮や人道目的の立法であるという抽象的理念のみをもって,在外被爆者への適用を排除できないとした原判決は,我が国における戦争被害に関する法体系を無視するものであって,極めて不当である。

6 広島地裁平成11年3月25日判決(乙第5号証)について

 広島地裁判決は,本件と同じく,在韓被爆者に対する原爆二法等の適用が争われた事案であるが,広島地裁判決は,@国民の税で賄われる国の給付を外国居住の外国人が権利として請求できるといった法制度は通常では考え難いのであるから,当該法律がそのようなものであるとするためには,明確な根拠が必要であると考えられるところ,原爆二法等にはいずれも上記に述べた意味での明確な根拠規定は在在していないこと,A法はそれを制定した国家の主権が及ぶ人的・場所的範囲において効力を有するのが原則であると考えられるところ,原爆二法等には,その適用を受けるべき者に関する要件について国籍条項は設けられていないけれども,日本国内に現在せず,かつ居住もしていない者をもその適用対象とする旨の規定は存在しないこと等を指摘して,原爆二法等は,外国に居住している者にういてはその適用を予定していないと判示した(乙第5号証・158ないし161ページ)。広島地裁判決は,既に述べたとろからして正当な判示であり,本件においても同様の結論が採られるべきである。

7 小括

 以上のとおり,被爆者援護法の給付体系(医療給付と各種手当支給との関係),立法者意思,被爆者が日本国内に居住又は現在していることを前提とする各種規定の存在,被爆者援護法の法的性格等からすると,被爆者援護法は,被爆者が日本国内に居住又は現在する限りにおいて,各種給付を行うことを当然の前提としているというべきであって,在外被爆者が同法の適用対象となっていると判示した原判決は,同法の法律解釈を誤っているというほかない。

第3 被爆者援護法は,日本に居住又は現在する被爆者のみを適用対象者としているとの解釈が憲法14条等に違反しないこと

1 被爆者援護法の趣旨目的との関係

(1)原判決の判示

  原判決は,「日本に居住又は現在することが『被爆者』たる地位の効力存続要件であるという解釈を導く何らかの合理的な理由が存在するとしても,被爆者援護法は,被爆者が今なお置かれている悲惨な実情に鑑み,人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的としたものなのであるから,上記解釈は,その人道的見地に反する結果を招来するものであって,同法の根本的な趣旨目的に相反するものといわざるを得ないのである。」(原判決38ページ)と判示する。

(2)被爆者援護法の趣旨目的

 しかしながら,仮に被爆者援護法が,人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的とした立法であるとの原判決の判示を前提としたとしても,いかなる範囲において,いかなる方法によってその目的を達成するかは,まさに当該個別の法律の立法政策の問題であって,人道的見地の立法であるからといって,被爆経験を有するすべての者に対して援護の措置を講じなければならないとの結論になるわけではない。

 実際に,被爆者援護法は,原判決が認めるとおり(原判決30,34ぺージ),被爆者健康手帳の交付時や各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定申請時に,当該被爆者が日本に居住又は現在していることを求めているのであるから,何らの制約もなしに,すべての被爆者に対して広く援護の措置を講じるという立法政策を採用していないことは明らかである。被爆者援護法が,人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的としているという抽象的性格のみでは,同法の適用範囲を導くことはできないのであって,原判決の判示には明らかな論理の飛躍がある。

2 憲法14条との関係

(1)原判決の判示

 また,原判決は,「かかる解釈に基づく運用は,日本に居住している者と日本に現在しかしていない者との問に,容易に説明しがたい差別を生じさせる(しかも,日本に居住している被爆者が長期間海外旅行に行く場合と、,短期間国外に住居を移す場合との間で不合理な区別をすることにもなる。)ことになるから,憲法14条に反するおそれもあり,法律は合憲的に解釈されなければならないとの原則からすれば,被告らの解釈を採用することはできないものといわざるを得ない。」と判示する(原判決38ページ)。

(2)被爆者援護法における合理的区別

 しかしながら,憲法14条は合理的理由のない差別を禁止するけれども,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限り,何ら同規定に違反しない(最高裁昭和39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579ページ,同昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676ペ一ジなど)。

 そして,控訴人らの原審における第10準備書面(37ないし42ページ)においても詳述したとおり,立法府の政策軌技術的裁量に基づく判断にゆだねられる立法分野においては,立法府が制定した法律が一方と他とを区別して取り扱うものであっても,それが立法府の政策的,技術的裁量にゆだねられる事柄である以上,当該法律が憲法14条1項に違反するかどうかの司法審査は,それが立法府の裁量を逸脱するものであるかどうかを基準とすべきである。すなわち,立法府が法律を制定するに当たり,その政策的,技術的判断に基づき,各人についての経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異又は事柄の性質上の差異を理由としてその取扱いに区別を設けることは,それが立法府の裁量の範囲を逸脱するものでない限り,合理性を欠くということはできず,憲法14条1項に違反するものではないというべきである(国民年金法に基づく障害福祉年金の給付について最高裁平成元年3月2日第一小法廷判決・判例時報1363号68ページ,戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2条の戸籍条項について最高裁平成13年4月5日第一小法廷判決・裁判所時報1289号7ページ)。これを本件についてみると,被爆者援護法に基づく給付が我が国社会の構成員の税負担を財源として,特殊な健康被害に対して保健・医療・福祉にわたる援護対策を講じるものであること,被爆者に対して援護措置を講ずるに当たっては,法的救済が認められていない他の一般の戦争被害者との均衡を考慮する必要もあることなどからすれば,在外被爆者のように現在の日本社会と何らのかかわりも持たない者に対して,健康保持の施策を及ぼさないとする立法政策は極めて合理的であって,憲法14条に違反しないことは明らかである。

 これに対して,原判決は,控訴人らの解釈に従えば,日本に居住する者と日本に現在しかしない者との間に容易に説明しがたい差別を生じさせるとして憲法14条に違反するおそれがあると判示しているが,出国しても日本社会構成員である居住者と,出国すれば日本社会と何らのかかわりももたない現在者との間で,当該社会の構成員の税負担に依拠する健康保持施策の受給の可否が異なることは,極めて合理的な区別であって,このような区別がなぜ憲法14条に違反するおそれがあるのか全く不明である。

 また,原判決は,控訴人らの解釈に基づく運用は,日本に居住している被爆者が長期間海外旅行に行く場合と,短期間国外に住居を移す場合との間で不合理な区別をすることになるとも判示するが,旅行中の者であっても,日本国内に住所を有する限りは,日本社会の構成員としての資格を失わないのであるから,日本社会の構成員ではなくなった非居住者とは異なり,社会構成員の税負担に依拠する金的給付の受給資格を失わなくとも何ら不合理ではない。居住地の有無を,適用範囲を画する基準としている法令は他にも多数存在するのであって,このような区別が合理的であることは明白である。
 したがって,原判決の判示は合理的な根拠がなく,控訴人らの解釈が,憲法14条に違反しないことは明らかである。

第4 まとめ

 以上のとおり,原判決は,被爆者援護法の給付体系(医療給付と各種手当支給との関係),立法者意思,被爆者が日本国内に居住又は現在することを前提とした各種の規定の存在,被爆者援護法の法的性格について正解せず,被爆者援護法が国家補償的配慮を有し,人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的とした立法であるという極めて抽象的な理念から,その適用範囲を不当に拡大しているのであって,明らかに被爆者援護法の解釈を誤っている。
 よって,原判決は取り消され,被控訴人の請求はいずれも速やかに棄却されるべきである。



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