郭貴勲側より、第一準備書面 |
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原判決によれば,本件の事案の概要は,被告大阪府が,「日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者については,昭和49年7月22日付衛発第402号厚生省公衆衛生局長通達(以下402号通達)により,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の適用がないものとして失権の取扱いをするものと解されているため・・・・支給できません」として,健康管理手当の支給を打ち切ったというものである(原判決4頁)。
この上記括弧書き中の文章は,控訴人大阪府の被控訴人への回答の文章からの引用である(甲4)。
また,原判決は,本件の争点について,「『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなることにより,『被爆者』たる地位を当然に喪失するか否か」という(原判決6頁)。
控訴人も,原審においては,「本件の主要の争点は「いったん,被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本国内に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法一条に定める『被爆者』たる地位を失うか」という点であると認識している。」と,原判決の通りの主張をしていた。(被告ら第九準備書面第一(1頁以下),求釈明に対する回答書1頁)
これに対して,控訴理由書は,本件の事案の概要につき,「『402号通達』に基づき,日本に居住も現在もしない被爆者(以下「在外被爆者」という。)に対しては被爆者援護法は適用されないとして,被控訴人に対する同年8月分からの上記手当の支給を打ち切った」事案であるという(控訴理由書1頁)。
また,控訴理由書は,本件の争点について,「本件で検討されるべきは,解釈による権利の剥奪の可否ではなく,被爆者援護法が被爆者に対して保障している権利の内容がどのようなものと解釈されるかという問題であるから,原判決はそもそも本件の争点についての把握が適切でない。」という(控訴理由書6頁)。
原判決が,本件を「日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者」に関する事案と捉えたのに対して,控訴人は,「在外被爆者(日本に居住も現在もしない被爆者)」に関する事案と捉えている。
また,本件の争点について,控訴理由書は明確に措定していない。しかし,「被爆者援護法1条の『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなることにより,当然に『被爆者』たる地位を喪失するか否か」であるとした,原判決に対して,「本件の争点についての把握が適切でない」というのであるから,上記原判決が事実整理した争点とは異なるところに,控訴人の争点を移したのは間違いない(控訴人は,再度,本件の争点を明確に措定されたい。)。
被爆者援護法のどこにも,「在外被爆者」という言葉は,ない。控訴人が,控訴理由を展開するに当たって,「日本に居住も現在もしない被爆者」と定義して新たに作り出した概念である。控訴人は,この概念を使って,議論をどこへ導こうとしているのか。
控訴人は,事案の概要において,「在外被爆者に対しては被爆者援護法は適用されないとして・・・手当を打ち切った」と表現する。
そして,控訴人は,「かぎ括弧を付さずに被爆者と表記した場合には,広島または長崎で原子爆弾に起因する放射能に被爆した経験を有するものをいい,かぎ括弧を付して『被爆者』と表記した場合には,被爆者援護法1条で定義された『被爆者』をいうこととする」と定義する(控訴理由書1頁)。
従って,控訴人のいう,「在外被爆者」には,
@ 日本に居住あるいは現在して,被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」たる地位を取得したのちに,日本に居住も現在もしなくなった者
A 現に日本国外に居住し現在する者で,被爆者健康手帳の交付を受けたことがない者,つまり「被爆者」の地位を取得したことがない者
の二つが包括されている。
いうまでもなく,被控訴人は@である。
「在外被爆者」という語を用いて,「被爆者」である(控訴人は「『被爆者』であった」というのかもしれない)被爆者と,「被爆者」ではない(控訴人は「『被爆者』になったことのない被爆者」と表現するのかも知れない)被爆者を,区別することなく包括して,被爆者援護法について論じるのは,誤った立論方法である。
@ではいったん被爆者援護法上の地位ないし権利が発生している。従って,地位ないし権利が,「喪失」するかどうかが問題となる。これに対して,Aでははじめから何らの地位も権利も生じていない。従って,そこでは地位ないし権利を「取得」するかどうかが問題となる。
言葉を換えれば,@では権利消滅要件が問われるのに対して,Aでは権利発生要件が問われることになる。
法律を論じるに当たって,権利発生要件と権利消滅要件を区別することなく,論じることはできない。
そもそも,本件は,控訴人がいうような,「在外被爆者(日本に居住も現在もしない被爆者)に対しては被爆者援護法は適用されないとして・・・手当を打ち切った」事案ではない。
「402号通達」は,「日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者には同法の適用がない」としたのであり,控訴人大阪府も,被控訴人の手当を打ち切ったことにつき,同様に述べている。
従って,被控訴人は,「日本国の領域を越えて居住地を移す」という行為を根拠にして,「被爆者」たる地位を喪失し,手当の支給を打ち切られたこと,つまり,「『被爆者』たる地位に変動があったこと」を,問題にしているのである。被控訴人は,控訴人がいうところの@とAを包括した「在外被爆者」など問題にしてはいない(なお,被控訴人被の原審における主張中にも,@Aを文面上,明確に区別せずに,「在外被爆者」として表記している箇所があるが,これは訂正を要することとなる)。被控訴人は,@についてのみ論じているのである。
当然,原判決も控訴人が言うところの@とAを包括した「在外被爆者」に「被爆者援護法の適用」を認めたわけではない。原判決はAについてなど論じていない。
ところが,控訴人は,「被爆者援護法が在外被爆者をも適用対象としているとした原判決の判示は・・・・同法の解釈を明らかに誤ったものである。」(控訴理由書4頁)と述べて,原判決を歪曲したうえで,その論旨を縷々展開しているのである。
控訴人は,控訴理由書におけるすべての立論において,「在外被爆者」という語を用いることにより,@とAという被爆者援護法上は異なる立場にある者を,区別しない立論を展開している。その結果,その立論は,@をAと同様に,「被爆者」たる地位を有さない者とみなすことを前提としたものになっている。
つまり,控訴人の立論は,「『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなることにより,『被爆者』たる地位を喪失するか否か」が争点となっている本件において,「『被爆者』は日本に居住も現在もしなくなることにより,『被爆者』たる地位を喪失する」との結論がはじめにありきの立論となっているのである。
結局,控訴理由書において,控訴人は「被爆者」たる地位を有さない者,つまり,被控訴人以外の者について論じているにすぎない。これは,本件の具体的争点を離れた,虚構・抽象の議論である。
控訴理由書には,控訴理由がないというしかない。
「被爆者が日本国内に居住も現在もしなくなった場合には,同法1条で定義される『被爆者』たる地位を当然に喪失する」という控訴人自身の文章に代表されるように,控訴人は原審では,「『被爆者』たる地位の喪失」という言葉を繰り返し用いて,これについて議論していた。
例えば以下のとおりである。
原告の出国という事実の発生により,原告が健康管理手当受給権者たる地位を当然に喪失した(国答弁書3頁)
原告が被爆者援護法1条で定義された「被爆者」の地位を喪失したことによる(第2準備書面2頁)
手当受給権者たる地位も当然に喪失する(第二準備書面3頁)
健康管理手当の受給権者たる地位を当然に喪失(第二準備書面5頁)
被爆者援護法上の「被爆者」たる地位を喪失(第二準備書面6頁)
本件の主要の争点は「いったん,被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本国内に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法一条に定める『被爆者』たる地位を失うか」という点である(求釈明に対する回答書1頁))
同法1条で定義される「被爆者」たる地位を当然に喪失する(第九準備書面1頁)
当然に「被爆者」たる地位を喪失する(第一〇準備書面3頁・35頁)
「被爆者」たる地位が喪失するのは,法律上保障されている権利を奪うものでなく(第一〇準備書面45頁)
一時的に出国しても「被爆者」たる地位を喪失しないのは当然の帰結(第一〇準備書面47頁)
「被爆者」たる地位の喪失事由(第一〇準備書面48頁)
「被爆者」たる地位を失うという実例(第一〇準備書面49頁)
「被爆者」たる地位が失われるとの取扱(第一〇準備書面50頁)
「被爆者」たる地位を失うとの実例(第一〇準備書面51頁)
「被爆者」たる地位を失ったという例(第一〇準備書面52頁)
「被爆者」たる地位が喪失した実例(第一〇準備書面53頁)
法律上当然に「被爆者」たる地位を失う(第一〇準備書面54頁)
「被爆者」たる地位を喪失した者(第一〇準備書面54頁)
被爆者援護法上の地位を当然に喪失したとして,健康管理手当の支給を打ちきった(第一〇準備書面54頁)
ところが,控訴理由書には,被控訴人の主張や原判決の引用以外のところで,「『被爆者』たる地位を失う(喪失する)」という言葉を用いた箇所は,まったくない。
「『被爆者』たる地位」という言葉さえ,立法者意思に関連して「日本に居住も現在もしなくなることにより『被爆者』たる地位を失権させる旨の規定が設けられなかった理由について」(18頁)という部分以外にない。
控訴理由書中,「『被爆者』たる地位が喪失される」という文言が,一度も用いられていないこと自体,控訴人が,「日本国内に居住も現在もしなくなることによって,『被爆者』たる地位を当然に喪失するのか否か」という争点について,論じることをやめてしまったことを明確に語っている。
控訴人は,争点を変えてしまったのである。
控訴人は,原審において,その提示する争点につき,変遷と混乱を重ねた上で(その詳細は,原審原告準備書面(9)21頁のとおり),「本件の主要の争点は『いったん,被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本国内に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法1条に定める被爆者たる地位を失うか』と言う点であると認識している」と主張した(平成12年10月6日求釈明に対する回答書)。
原判決は,原告と被告の主張を受けて,主たる争点として,「被爆者が日本に居住も現在もしなくなることにより,被爆者たる地位を当然に喪失するか否か」と設定したのである(原判決6頁)。
本件同様に,「被爆者」が出国したことにより,健康管理手当の支給が打ち切られた事案につき,原告を李康寧,被告を国他として,長崎地方裁判所において係属中の事件がある(長崎地方裁判所平成11年(行ウ)第5号事件)。
この事件の最終準備書面において,被告は「本件における争点は,原爆医療法,被爆者特措法及び被爆者援護法が日本に居住または現在する被爆者のみを適用対象としているのか否か,すなわち,被爆者が日本に居住または現在することは被爆者健康手帳交付決定及び健康管理手当支給決定の効力存続要件であり,被爆者が日本に居住も現在もしなくなった場合には,いったんなされた被爆者健康手帳交付決定等は当然にその効力を失うかどうかである」と述べている(9頁)。
上記引用中では,やはり「『被爆者』たる地位」という言葉は使われず,これに代えて「いったんなされた被爆者健康手帳交付決定等」という言葉を用いている。しかしながら,いったんなされた決定の効力が当然に失効するかどうかが争点であるとしている点では,本件訴訟の原審における控訴人の主張と同一であると考えられる。
事実,控訴人は原審において,「被爆者が日本国内に居住も現在もしなくなった場合には,被爆者健康手帳交付決定及び健康管理手当決定の効力は当然に失われる」(第九準備書面4頁)と主張している。
「いったん,被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本国内に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法1条に定める『被爆者』たる地位を失うか」という表現と,「被爆者が日本に居住も現在もしなくなった場合には,いったんなされた被爆者健康手帳交付決定等は当然にその効力を失うかどうか」という表現は,その意味内容が異なるのかどうか。異なるとすれば,どのように異なるのか,明らかにされたい。
「いったん被爆者健康手帳を取得した後に,同手帳の返還が必要となるのは,実定法上『被爆者』死亡の場合だけであり(同法施行規則8条),『被爆者』が日本に居住又は現在しなくなった場合に,都道府県知事が同手帳の返還を求め得る実定法上の根拠はない(実際にも返還は求められていない。)。 しかも,『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなった場合に,『被爆者』たる地位を喪失する(又は喪失させることができる)旨の明文の規定は一切存在しない。」(原判決35頁)
この点は,控訴人も否定していない。
そうである以上,「いったん,被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本国内に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法1条に定める『被爆者』たる地位を失うか」という控訴人自身の認めた争点は,今も動かないはずである。
控訴人自身が,「本件の主要の争点は『いったん,被爆者健康手帳の交付を受けた者が,日本国内に居住も現在もしなくなることにより,被爆者援護法1条に定める「被爆者」たる地位を失うか』と言う点であると認識している」と主張していたとおりである。
控訴理由書における控訴人の主張に,原審以上の新たな主張はない。控訴理由書8頁以下の記載は,ほぼ全て,原審被告第一〇準備書面5頁以下の記載の焼き直しに過ぎない。控訴人は,原審において,上記の控訴人自身が認めていた争点について,これらを「被爆者」たる地位を失う理由として述べた。ところが,原判決はこれを,理由がないとして排斥した。
にもかかわらず(あるいはだからこそ),控訴人は,突如,控訴理由書において「原判決はそもそも本件の争点についての把握が適切でない。」と言い始めた(控訴理由書6頁)。そして,控訴理由書では,「被爆者」たる地位の喪失について論じることを止めてしまった。
では,控訴人は,本件の争点がどこにあるというのか。あるいは,争点の適切な把握とは何か。これは,控訴理由書では明確にされていない。
控訴人は,一体何が争点だというのであろうか。明らかにされたい。
控訴人は,控訴理由書中で,狭義の「法律」と「施行令」「施行規則」を区別することなく,単に,「被爆者援護法上」などと記載して,ことさらに議論を混乱させている。本項では,これらを明確に区別するため,狭義の法律を「法律」と記載している。
原判決は,次のように,正当に判示した。
「被爆者援護法1条によれば,『被爆者』たる要件は,同条各号のいずれかに該当する被爆者であることと,被爆者健康手帳の交付を受けたことの2点であり,日本に居住又は現在することは要件とされていない。
そして,被爆者健康手帳の交付については同法2条が定めるところであるが,同条1項によれば,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならないものとされている。したがって,被爆者健康手帳を取得して『被爆者』たる地位を取得するためには,少なくとも交付申請の時点で日本に現在することは必要である。もっとも,いったん被爆者健康手帳を取得した後に,同手帳の返還が必要となるのは,実定法上「被爆者」死亡の場合だけであり(同法施行規則8条),『被爆者』が日本に居住又は現在しなくなった場合に,都道府県知事が同手帳の返還を求め得る実定法上の根拠はない(実際にも返還は求められていない。)。
しかも,『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなった場合に,『被爆者』たる地位を喪失する(又は喪失させることができる)旨の明文の規定は一切存在しない。
以上のとおり,被爆者援護法ないし同法施行規則の規定において日本に居住又は現在していることが『被爆者』たる地位の効力存続要件であると解すべき直接の根拠は存在しないといわざるを得ない。」
(原判決30頁)
また,手当の支給については,「健康管理手当についてみると,被爆者援護法施行規則54条,40条(同施行規則46条,63条によっても準用される。)によれば,都道府県知事による失権の通知が予定されているが,同通知は被爆者援護法27条1項の要件に該当しないと認めるときになされるものであり,『被爆者』が日本に居住も現在もしなくなったことを理由とするものではなく,本件において同条に基づく失権の通知がなされたことを認めるに足る証拠はない」(原判決29頁),「これらの規定を前提とすると,支給の開始に当たっては,我が国に居住又は現在することが必要であると解されるが,認定後になされる援護の内容は,金員の給付であり,その性質から当然に,我が国に居住又は現在することが要求されるものではなく,我が国に居住も現在もしない者への支給の具体的な方法を定めた規定は存在しないものの,これを明確に排除する規定もなく,前記のとおり,遺族等援護法や労災保険法においては,特に海外送金の手続規定がなくとも実際に海外送金が行われていることに照らすならば,我が国に居住も現在もしない『被爆者』に対しても支給されるべきものというべきである」と判示した(原判決39頁)。
402号通達は,手当支給を定めた原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律施行規則(1968年厚生省令第34号,1968年9月1日施行)の一部を改正する省令(1974年厚生省令第27号,同年9月1日施行)に伴う通達である。
1974年規則改正の以前は,手当の認定申請を行った都道府県から他の都道府県に居住地を移した「被爆者」は,旧居住地の都道府県知事知事に対して手当の失権を届け出て,新居住地の都道府県知事に対して新たに手当の認定を申請すること,旧居住地の都道府県知事はその「被爆者」に手当失権の通知を行い手当証書の返納を命じることと,定められていた。ところが,1974年の規則改正によって,都道府県の区域を越えて居住地を移しても手当の失権届は必要ではなく,新居住地の都道府県知事に「居住地変更届」を提出すれば足ることとなった。
ただし,規則改正前においても,原爆医療法に基づいて交付された被爆者健康手帳については,都道府県を越えて居住地を移しても,失権の届け出の必要はなかっし,失権もしなかった。原爆医療法の規定どおり,「被爆者」はどこに行っても,どこにいても「被爆者」であった。規則改正は,原爆特別措置法においてもこのことを明確にした。場所の移動によっては,手当も手帳と同様,「法律」の規定どおりに,失権などしないことを明確にしたのである。
控訴人は,控訴理由書において,繰り返し,「被爆者援護法が在外被爆者に対する給付を予定していないことは明白」などと主張する(たとえば控訴理由書23頁等)。しかし,1974年規則改正後は,「法律」「施行令」「施行規則」の上では,「被爆者」は,出国しても,手当を打ち切られることがなくなっている。402号通達が発出されていなければ,出国しても,手当は支給されていたのである。
このことに関連して,本年9月4日の第2回「在外被爆者に関する検討会」(厚生労働大臣の私的諮問機関)において,伊藤一長長崎市長は,「402号通達だけはずしてもらえれば,現行法でも十分対応はできる」との認識を明らかにしている。
402号通達が存在すること自身が,「被爆者援護法が在外被爆者に対する給付を予定していないことは明白」という控訴人の主張の,虚偽であることの何よりの証左である。
(なお,いうまでもなく,この規則改正は原爆二法当時のものであって,被爆者援護法制定前のものである。しかし,出国した「被爆者」の取扱に関する「法律」「施行令」「規則」の枠組みは1974年以後は変わるところがない。だからこそ,控訴人は被控訴人を「402号通達により失権の取扱」としている。ただし,当時は,被爆者健康手帳の交付要件や手当の受給要件に,日本に現在するだけでは足りず居住することが必要だとしていた)
本年,8月1日,第1回「在外被爆者に関する検討会」において,厚生労働省健康局青柳総務課長は,この規則改正と402号通達の関係について,次のように説明した。
「従来,改正前であれば言ってみれば(国内で)居住地が変わるのと同様に,国外に行くということになってそこ(旧居住地の都道府県)に居住地を持たなくなるということから,当然に言わば手帳の発行その他の給付の権利が失権をするということで扱っておったわけでございまして,それが49年の改正によりまして国内において届け出を省略をしたことに伴いまして,国外の取り扱いのところが不明確になるという現象が生じた・・・(そこで)国外居住の方については,言わば従来どおり失権の取り扱いになるということをこの49年通知(402号通達)で,言わば入念的に規定」(括弧内は被控訴人代理人の注記)
青柳総務課長は,1974年規則改正により,「国外の取扱のところは不明確」になったという。これは,「被爆者援護法が在外被爆者に対する給付を予定していないことは明白」という,控訴理由書の主張に矛盾している。厚生労働省は,ここでも本法廷の内と外で違うことを言っている。
しかし,青柳総務課長の,「国外の取扱のところは不明確」という,説明はそもそも虚偽である。なぜなら,1974年規則改正は「国内において届出を省略した」のではなく,「都道府県の区域を越えて居住地を移しても失権届が必要でない」というものであった。そうすると,規則改正後は,出国した場合も,国内で居住(現在)地が変わるのと同様に,失権しないと考えるしかないのである。
402号通達は,「国外の取扱のところは不明確」だから,入念的に規定したのではなく,規則改正によって,出国しても給付が続くこととなったために,これを回避するために,発出されたのである。
さらに,青柳総務課長の説明のうち,規則改正前は,手帳の発行の権利が失権していた,という部分も虚偽である。上述のとおり,規則改正前も,都道府県の区域を越えて居住地を移しても失権するのは手当だけであって,手帳は失権させていなかった。被爆者援護法制定後も,近時まで,日本に居住も現在もしなくなる「被爆者」の手当支給はうち切っても,手帳を失権させていなかったことは,原審原告準備書面(9)25頁記載のとおりである。
規則改正前においても,被爆者健康手帳交付によって得られる「被爆者」たる地位は,都道府県の区域を越えて居住地を移しても失権していなかったのであるから,402号通達が発出されていなければ,「法律」「施行令」「施行規則」の文言上は,「被爆者」が出国しても,「被爆者」たる地位は喪失せず,手当が支給されるしかないという結論は,動かしがたい。
これに対して,控訴人は,「どのような範囲の者に対して権利や利益を付与するかについては,国会の極めて広範な立法裁量にゆだねられている事柄である上,海外適用の可否については法律によっては必ずしも明文規定は設けられていないのであるから,その適用範囲を確定するに当たっては,明文規定の存否だけではなく,当該法律全体の法構造・立法者意思・法律の性格などから,国会がどのような立法政策を採ったのかを検討し,その適用範囲を合理的に解釈することを要するのであって,原判決のように海外不適用の明文規定が存しないことを重視しすぎることは,適切な解釈態度とはいえない。」という(控訴理由書8頁)。
つまり,控訴人の主張によれば,「被爆者」たる地位や手当の支給につき,始期は「法律」にあるが終期は解釈によるということになる。
しかし,被爆者援護法においては,「被爆者」や「手当受給者」の定義,「被爆者」たる地位や手当支給の始期・終期は,いずれも極めて厳密に,「法律」の上で定められている。このような「法律」において,いったん法律の明文によって,得られた地位や,支給が開始された手当が,「法律」の明文によらずに,明文よりも制限的な解釈によって喪失したり,打ち切られることを,「法律」が予定しているとは考えられない。
控訴人は,法律を無視し,法律に反した解釈を行っている。控訴人が,その解釈を合理化するために主張する控訴理由は,いずれも,自らが論証しようとする結論それ自体を,論証の前提に置き,その上で虚偽を織り交ぜながら,論述を押し進める,虚構の論理である。
しかし,被控訴人がこれに適切に反論をくわえるためには,控訴人が,本件の争点をどこにあると考え,あるいは何が争点の適切な把握と考えて,このような控訴理由書における主張を行っているのかが,明らかにされなければならない。
被控訴人は,さらに,「被爆者援護法の給付体系」,「立法者意思」,「日本に居住または現在する者に対する給付を予定している被爆者援護法の規定の存在」,「被爆者援護法の法的性格」等に関する,控訴人主張の虚偽を明らかにする予定であるが,まず,控訴人はその争点に関する主張を明確にされたい。
以 上