訴 状 |
請求の趣旨
一 被告大阪府知事は、原告に対し、原告が原子爆弾被害者に対する援護に関する法律(平成六年法律第一一七号)一条一号の被爆者たる地位にあること、およぴ、原告が健康管理手当支給認定(記号番号ケン一七四八九)に基づく健康管理手当受給権者たる地位にあることを各確認する。
二 被告大阪府知事による、原告に対する、失権の取扱いをするとの処分を取り消す。
三 被告大阪府は、原告に対し、金六八、二六○円およぴ一九九八年(平成一○年)一○月以降二〇〇三年(平成一五年)五月まで毎月二五日限り金三四、一三○円を支払え。
四 被告国およぴ被告大阪府は、原告に対し、各自連帯して金二、〇〇○、〇〇〇円と右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並ぴに仮執行宣言を求める。
請求の原因
一 当事者
1 原告 原告は、一九二四年(大正一三年)七月一日、韓国併合下の朝鮮で出生した。全州師範学校在学中、「創氏改名」が断行されて日本式氏名が強要され、さらに一九四四年(昭和一九年)朝鮮人徴兵令が施行されたことにより日本軍の召集令状を受け、徴兵第一期生として同年九月六日入営した。原告は、広島市の西部第二部隊第二機関銃中隊に配属され、第五内務班に配置されたが、幹部候補生として広鳥の部隊にとどまり、翌一九四五年(昭和二○年)八月六日、広鳥市白鳥北町の太田川三角州北端にある工兵隊の営庭で行進中、アメリカ軍による原子爆弾投下の攻撃に遭遇し、被爆した被爆者である(甲一)。
2 被告ら 被告大阪府知事は、被告大阪府の代表者であると共に、被告国の機関である厚生省の機関委任事務として原子爆弾被害者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援誕法」と略称する。平成六年法律第一一七号)上の事務を管掌し、事務処理をしている。
二 被爆者援護法上の被爆者たる地位の取得
1 原告は、第二次世界大戦後、日本国の支配から解放された祖国に戻り、韓国の被爆者団体である社団法人韓国原爆被害者援護協会(後に「韓国原爆被害者協会」と名称変更)の結成に尽力し、副会長、会長(一九九二年八月から一九九三年二月)を歴任して、日本政府に対して、在韓被爆者に対する国家補慣をすペきこと、少なくとも日本人被爆者と同等の援護が行われるぺきであることを求め続けてきた。
2 原告は、一九九八年(平成一○年)、渡日治療のために来日し、同年五月二○日、被告大阪府知事から被爆者援護法上の被爆者健康手帳(被爆者健康手帳番号・公費負担医療の受給者番号○二○一六三二を取得し、同日から大阪府松原市にある阪南中央病院に入院して治療を受けた。同年六月一八日付で、被告大阪府知事から、「運動器機能障害」のため被爆者護法上の健康管理手当の支給認定を受け(記号番号ケンー七四八九)、月額三四、一三〇円の健康管理手当を一九九八年(平成一〇年)六月から二〇〇三年(平成一五年)五月までの五年間支給を受けるとの決定を得た(健康管理手当証書。甲二)。
三 違法な行政処分およぴ不支給
1 被告大阪府は、原告に対して、一九九八年(平成一○年)六月二五日、同年七月二四日健康管理手当月額三四、一三〇円を各支給してきたが、同年八月分からは右支給をして来ない(預金通帳。甲三)。
2 被告大阪府知事の右不支給の理由は、同年七月二三日付の大阪府保健衛生部医療対策課長名の回答書によって、そのころ、原告に対し、次のとおりに告知された(甲四)。
日本国の領城を越えて居住地を移した被爆者については、昭和四九年七月二二日付衛発第四〇二号厚生省公衆衛生局長通達により、原子爆弾被害者に対する援護に関する法律の適用がないものとして失権の取扱いをするものと解されているため、出国された日の属する月の翌月分以降の健康管理手当については支給できません。
3 しかし、被爆者援誕法上は失権の規定はなく、健康管理手当の支給の終了は、同法上は、@定められた「期間が満了する日の属する月で終わる」か、A「その期間が満了する前に[第27条]第一項に規定する要件[被爆者であって厚生省令で定める障害を伴う疾病等にかかっているもの]に該当しなくなった場合にあってはその該当しなくなった日の属する月で終わる」とのみ規定されている(同法二七条五項)。原告は、被爆者援護法上の被爆者たる地位を得て、もちろん当該認定にかかる疾病が治癒した訳でもないにも関わらず、被告大阪府は、前記のとおり、本年(一九九八年・平成一○年)八月分より手当の支給を違法にして来ない。
4 よって、被告大阪府知事は、法律の規定に基づかずに、違法に原告に対して、七月二三日ころまでに、失権の取扱いをするとの行政処分を行ったもので、その取り消しを求める。
四 国家賠償請求
1 さらに、被告大阪府知事は、本件では、国ないし地方公共団体の公権力の行便に当たる公務員たる地位にあり、法律の解釈、運用にあたっては、法の支配の原則の下にいやしくも法律の解釈、運用に過誤のないようにすべき細心の注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、旧来の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の廃止に伴う経過措置。以下「原爆特措法」という)に関する、しかも、健康管理手当ではなくて特別手当についての二○年以上も前の厚生省公衆衛生局長通達に漫然と依拠して、原告の被爆者援護法上の地位と同法の健康管理手当受給権者たる地位に対して、前記違法な行政処分と不支給を行ったものであるが、これは明らかに、法律の解釈、運用上の過誤に基づく不法行為によって、原告に違法に後記の損害を被らせたもので、被告国および被告大板府は損害賠償責任を免れ得ない(国家賠償法一条一項)。
2 すなわち、
@法律の視定にない失権の取扱いをする等というのは、それ自体が法の支配の原則、法律による行政の大原則に反する明らかな法律の解釈、運用上の過誤であり、許されるものではない。
A さらに、右通達後には、一九七八年(昭和五三年)三月三〇日、最高裁判所第一小法廷判決(孫振斗判決。昭和五三年三月三○日判決)が出され、原爆医療法〈昭和三二年法律第四一号)が原爆被害という「特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり、その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは、これを否定することができない」と断定され、「同法が被爆者の置かれている特別の健康状態に着目してこれを救済するという人道目的の立法であり、その三条一項にはわが国に居住関係を有しない被爆者をも対象者として予定する規定があることなどを考えると、被爆者であってわが国に現在する者である限りは、その現在する理由[例えぱ密入国など]等のいかんを問うことなく、広く同法の適用を認めて救済をはかることが、同法のもつ国家補償の趣旨にも適合すると言うべきである。」と判示され、法律の趣旨の理解はもとより国側の主張が認められなかったことに帰着し、確定した。にもかかわらず、旧来の通達を見直さずに援用し、誤った法運用を続けていることは明らかな過誤である。
B また、憲法一四条一項の平等原則とともに、一九七九年(昭和五四年)わが国が批准し国内法的効力を有する国連の市民的およぴ政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)第二六条、第二条二項が明文で「国民的もしくは社会的出身等によるいかなる差別に対しても平等のかつ効果的な保護を」保障すると内外人平等の原則を規定しているにもかかわらず、旧来の通達を見直ざず、日本在住の被爆者と在外被爆者を違法不当に差別する法律の解釈・運用を続けていることも過誤である。
C 被爆者援護法も、原爆医療法、原爆特措法を受け継ぎ、その前文において、「国の責任において、」原爆被害が「他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、」「総合的な援護対策を講じ」るために制定されたものであることが明記され、同法の国家補償的性格が明らかにされ、また、同法第二条には、先の最高裁判決でも指摘された「わが国に居住関係を有しない被爆者をも対象として予定した規定」と同様の文言の規定があるのであるから、旧来の通達を見直さず、漫然と援用し法運用を続けることは、明らかな過誤である。
五 損害
1 以上述べてきた被告らによる、原告に対する、違法不当な被爆者健康手帳自体を失権の取扱いとする処分や健康管理手当受給権者たる地位を失権の取扱いとする処分ないし手当の不支給行為等による、いわれのない差別的不法行為により被った精神的苦痛は、これは筆舌に尽くし難く算定は困難である。少なくとも金一○○○万円を下るものではなく、内金とレて金一〇〇万円を請求する。
2 弁護士費用その他本件訴訟遂行費用等も金一○○万円を下らない。
六 結語
よって、以上により、原告は、被告大阪府知事によって違法に被爆者援護法上の被爆者たる地位および健康管理手当受給権者たる地位を否定されているので右地位の各確認を求め、失権の取扱いとするとの違法な行政処分の取り消しと違法な不支給にかかる健康管理手当の支給を求めると共に、被告国および被告大阪府に対し、国家賠慣を請求するために、請求の趣旨記載のとおり本訴に及んだ。
証拠方法
一 甲第一号証 原告手記(『被爆韓国人』所収)
二 甲第二号証 健康管理手当証書
三 甲第三号書 預金通帳
四 甲第四号証 回答書
付属書類
一 甲第一ないし四号証 写各一通
二 訴訟委任状 一通
以上