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李康寧裁判 判決

 

判決の構成とページ番号

原告、被告、代理人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1ページ)
主文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2ページ)
事実及び理由
第1 申立て
 1 原告
  (1)ア主位的請求
     イ予備的請求・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3ページ)
  (2)
  (3)
  (4)
  (5)
 2 被告長崎市長
  (1)本案前の答弁
  (2)本案の答弁
  (3)
 3 被告長崎市
  (1)
  (2)
  (3)
 4 被告国
  (1)
  (2)
  (3)
第2 事案の概要
    @・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4ページ)
    A
    B
 1 基礎となる事実
  (1)関連法規・通知
   ア
   イ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5ページ)
   ウ
   エ
   オ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6ページ)
  (2)本件の経緯
    ア
    イ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7ページ)
    ウ
    エ
    オ
    カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8ページ) 
 2 争点
  (1)本件支給打ち切りは行政事件訴訟法3条2項の取消訴訟の対象になるか。
    (被告長崎市の主張)
    (原告の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9ページ)
  (2)原告は本件支給認定によって取得した健康管理手当の受給権を出国により
    失ったか。
    (被告らの主張)
     ア 給付内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10ページ)
       @
       A・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11ページ)
       B
     イ手続き規定
       @・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12ページ)
       A
       B・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13ページ)
     ウ立法者意思
       @
       A
       B・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14ページ)
     エ法的性格
       @
       A・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15ページ)
     オ人道的見地、憲法14条1項、市民的及び政治的権利に関する国際規約
       2条1項、26条
       @
       A
       B・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(16ページ)
    (原告の主張)
     ア
     イ
     ウ
     エ
     オ
     カ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(17ページ)
     キ
  (3)未支給の健康管理手当の支払い請求について被告長崎市長に被告適格があ
     るか(ひいては、健康管理手当の支払い義務者は被告等のいずれか)。
    (原告の主張)
    (被告長崎市長の主張)
  (4)被告国及び被告長崎市は本件支給打切りについて国賠法1条1項に基づく損
     害賠償義務を負うか。
    (原告の主張)
    (被告国及び長崎市の主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(18ページ)
  (5)被告国は本件再審査手続きについて国賠法1条1項に基づく損害賠償義務を
     負うか。
    (原告の主張)
    (被告国の主張)
     ア
     イ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(19ページ)
第3 争点に対する判断
 1争点(1)について
 2争点(2)について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(20ページ)
  (1)
  (2)立法趣旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(21ページ)
    ア
    イ法的性格・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(22ページ)
    ウ立法者意思
  (3)給付内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(24ページ)
    ア
    イ
  (4)手続き規定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(25ページ)
    ア
    イ
  (5)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(26ページ)
 3争点(3)について
  (1)
  (2)
 4争点(4)について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(27ページ)
 5争点(5)について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(28ページ)
第4結論  


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1ページ)
平成11年(行ウ)第5号 在外(韓)被爆者の健康管理手当支給停止処分取消請求事件
 
 
   判   決

大韓民国釜山市○○
 原   告        李 康寧
 同訴訟代理人弁護士 足立修一
               龍田紘一朗
               小林清隆

長崎桜町2番22号
 被   告        長崎市長
               伊藤一長

長崎市桜町2番22号
 被    告       長崎市
 同代表者市長      伊藤一長

東京都千代田区霞ヶ関1丁目1番1号
 被    告       国
 同代表法務大臣    森山真弓
 被告ら指定代理人   山之内紀行
               渡邉千恵子
               菅野俊明
               箕浦裕幸
               宮原善男
               渋田末男
               藤本洋行
               村木 修
               山口克久
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2ページ)
               小森雅一
               成井 進
               増井英紀
被告長崎市長及び被告長崎市
指定代理人        鳥山ふみ子
               松本 章
被告国指定代理人    坂本浩享
               武内信義
               金山和弘



     主   文

 1 原告の被告長崎市長に対する各訴えを却下する。

 2 被告国は、原告に対し、金103万0840円及びこれに対する平成
   9年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 3 原告の被告長崎市に対する請求及び被告国に対するその余の請求を棄
   却する。

 4 訴訟費用は、原告に生じた費用の4分の1は被告国の、被告長崎市長
   及び被告長崎市に生じた費用は原告の、被告国に生じた費用の4分の3
   は原告の各負担として、その余は各自の負担とする。



       事実及び理由

第1 申立て

 1 原告

   (1)
    ア 主位的請求

     被告長崎市長による原告に対する、原告が原子爆弾被爆者に対する援護
     に関する法律附則3条による廃止前の原子爆弾被爆者に対する特別措置に
     関する法律5条に基づく健康管理手当受給権(健康管理手当証書番号30
     1573、認定年月日平成6年7月27日)を停止(廃止)させるとの処
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3ページ)
     分を取り消す。

    イ予備的請求
  
      被告らは、原告に対し、各自、金103万0840円及びこれに対する
      平成9年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

   (2) 被告国及び被告長崎市は,原告に対し,各自、金200万円及びこれに対
     する平成6年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。.

   (3) 被告国は,原告に対し,金100万円を支払え。
 
   (4) 訴訟費用は被告らの負担とする。
 
   (5) (1)のイ、(2)及び(3)の各請求について仮執行宣言

 2 被告長崎市長

   (1) 本案前の答弁
      本件各訴え(1の(1)ア、イ)を却下する。

   (2) 本案の答弁
      原告の各請求(1の(1)ア、イ)を棄却する。

   (3) 訴訟費用は原告の負担とする。

 3 被告長崎市

   (1)原告の各請求(1の(1)イ、(2))を棄却する。

   (2)訴訟費用は原告の負担とする。

   (3)仮執行免脱宣言

 4 被告国

   (1)原告の各請求(1の(1)イ、(2)、(3))を棄却する。

   (2)訴訟費用は原告の負担とする。

   (3)仮執行免脱宣言


第2 事案の概要

     本件は、長崎市に投下され原子爆弾によって被爆し,原子爆弾被爆者に対
    する特別措置に関する法律(昭和43年法律第53号.以下「原爆特別措置
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4ページ)
    法」という。)に基づいて健康管理手当の支給を受けるようになった韓国籍の
    原告が、日本国に居住しないなどとして健康管理手当の支給を打ち切られたこ
    とにつき、以下の各請求を行った事件である。

   @ 主位的に、健康管理手当の支給打切りは健康管理手当受給権を停止(廃
      止)させる行政処分であると主張して、被告長崎市長を相手に、その取消し
      を求め、予備的、被告ら各自に対し、平戒6年11月分から平成9年4月
      分まで、及ぴ同年7月分の未支給の健康管理手当合計103万0840円及
      びこれに対する同月25日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅
      延損害金の支払いを求めた(第1の1の(1)ア、イの請求}。

   A 厚生省(平成13年1月6日以降は省庁再編により,厚生労働省と改称)の
      職員及び長崎市長が健康管理手当の支給を打ち切ったことは違法であると主
      張して、被告国及ぴ被告長崎市に対し、国家賠償法(以下「国賠法」とい
      う。)1条1項に基づき、慰謝料1000万円の内100万円及び弁護士費
      用その他法定外訴訟追行費用100万円の合計200万円、並びにこれに対
      する平成6年12月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延
      損害金の支払いを求めた(第1の1の(2)の請求)。

   B 厚生大臣(平成13年1月6日以降は省庁再編により厚生労働大臣と改
      称)が健康管理手当の支給に関する再審査請求の裁決に18か月近く
      を要したことは違法であると主張して、被告国に対し、国賠法1条1項に基
      づき、慰謝料100万円の支払いを求めた(第1の1の(3)の請求)。


 1 基礎となる事実

   (1)関連法規・通知

    ア 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号。以下
      「原爆医療法」という。)は、「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾
      の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ、国が被爆
      者に対し健康診断及び医療を行うことにより、その健康の保持及び向上を  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5ページ)
      はかることを目的」(1条)とするもので、被爆者が同法2条、3条に基
      づきその居住地(居住地を有しないときはその現在地)の都道府県知事
      (その居住地が広島市又は長崎市であるときは当該市の長。以下同じ。)
      に申請して被爆者健康手帳の交付府を受けた時は(以下、2条で定義され
      た被爆者を、かぎ括弧付きの「被爆者」という。)、都道府県知事におい
      て「被爆者」に対し毎年健康診断を行うほか、厚生大臣において同大臣の
      認定を経た「被爆者」に対し必要な医療の給付又はこれに代わる医療費の
      支給を行うものとしている。

    イ 昭和43年に制定された原爆特別措置法(以下、同法と原爆医療法を一
      括するときは「原爆二法」という。)は、「広島市及び長崎市に投下され
      た原子爆弾の被爆者であって、原子爆弾の傷害作用の影響を受け、今なお
      特別の状態にあるものに対し、医療特別手当の支給等の措置を講ずること
      により、その福祉を図ることを目的」(1条)とするもので、医療特別手
      当のほか、特別手当や健康管理手当等を「被爆者」に支給するものとし、
      健康管理手当については、都道府県知事(広島市又は長崎市については市
      長)において、「被爆者であって、造血機能障害、肝臓機能障害その他の
      厚生省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響でよるもので
      ないことがあきらかであるものを除く。)にかかっている。)(5条1項)こ
      とを認定するものとし(同条3項によると、認定の際には同時に当該疾病
      が継続すると認められる期間を定めることになっている。)。この認定に
      よって「被爆者」は健康管理手当の受給権を取得する。

    ウ 原爆二法は、国籍による適用制限の規定がなく、外国人被爆者にも適用
      があるものとされている。

    エ 昭和49年7月22日、厚生省公衆衛生局長は、各都道府県知事、広島
      市長及び長崎市長に対して、「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び
      原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律等の
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(6ページ)
      施行について」と題する通知(衛発第402号。以下「402号通知」と
      いう。)を発し、そこでは、特別手当受給権者は、死亡により失権する
      ほか、同法(原爆特別措置法)は日本国内に居住関係を有する被爆者に適
      用されるものであるので、日本国の領域を越えて居住地を移した被爆者に
      は同法の適用がないものと解されるものであり、従ってこの場合も特別手
      当は失権の取扱いになる」(第二の1の(6)。第二の2の(5)参照)とされ、
      行政実務もこれににしたがって運用されてきた。(甲7、9、10,乙7)

    オ 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号、
      以下「被爆者援護法」という。なお、同法と原爆二法を一括するときは
      「原爆三法」という。)は、原爆二法を一本化したものであって、附則4
      条2項により、施行日(平成7年7月1日)前に原爆医療法3条によって
      交付された被爆者健康手帳は被爆者援護法2条によって交付された被爆者
      健康手帳とみなし、また、附則11条1項により、施行の際現に原爆特別
      措置法に基づいて健康管理手当等に関する認定を受けている者は被爆者援
      護法に基づく同様の認定を受けた者とみなし、さらに、附則13条により、
      平成7年6月分以前の月分の原爆特別措置法による健康管理手当等の支給
      については、従前の例によるものとしている。そして、被爆者援護法も、原
      爆二法と同様に外国人被爆者にも適用され、原爆二法と同様の運用がなさ
      れている(甲7、9、10)

   (2)本件の経緯

    ア 原告は、西暦1927年9月24日に戸畑市(現在の北九州市)で出生
      し、九州高等経理学校を卒業して、叔父の経理事務を手伝っていたが、昭
      和18年12月に徴用され、長崎市の三菱兵器製造所大橋工場で鍛造の仕
      事に従事していたところ、昭和20年8月9日、長崎市に投下された原子
      爆弾によって被爆した。その後原告は、同年11月中旬に韓国に帰国し、
      以来専ら同国内に居住し、その間の昭和56年6月ころ、来日して、被爆
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7ページ)
      者健康手帳の交付を受けた。(甲16,原告)

    イ 原告は、平成6年7月に治療のために来日し、長崎友愛病院に入院する
      などして同年9月下旬まで滞在していたが、来日直後、被告長崎市長に対
      し、原爆医療法3条に基づいて被爆者健康手帳の交付を申請し、被告長崎
      市長は、原告が同法2条1号、2号に該当するとして、同年7月4日、原
      告に対し、被爆者健康手帳(手帳番号123361−8)を交付した。さ
      らに原告は被告長崎市長に対し、原爆特別措置法5条に基づいて、健康管
      理手当の支給を申請し、同月27日、被告長崎市長は、原告が同条1項に
      規定する要件に該当するものと認定の上(以下「本件支給認定」とい
      う。)。健康管理手当を平成6年8月から平成9年7月まで支給する旨を
      決定し、平成6年8月12日、原告に対し、健康管理手当証書(証書記号
      番号30157)を交付した。同証書には、支給月額を3万1860円、
      支給日を毎月24日(休日等の場合は前日)、入金先を原告が指定した十
      八銀行桜町支店の普通預金口座とする旨が記載されていた。(甲1,2,
      16,乙4、原告、弁論の全趣旨)

    ウ 被告長崎市長は、原告に対し、健康管理手当として、平成6年8月24
      日及び同年9月22日に各3万1860円を、同年10月24日に3万3
      300円を、それぞれ上記イの預金口座に振り込んで支給した。(甲3,
      16)

    エ 原告は、平成6年9月下旬、韓国に帰国したところ、被告長崎市長は、
      原告が日本国の領域を越えて居住地を移したために失権したとの理由によ
      り、原告に対する同年11月分以降の健康管理手当の支給を打ち切った
      (以下「本件支給打ち切り」という。)。原告は、平成9年2月ころ、十八
      銀行桜町支店に電話をして問い合わせをした際、健康管理手当の支給が打
      ち切られていることを知った。(甲4,16)

    オ 原告は、平成9年4月30日に再度来日して、被告長崎市長に対し、被
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(8ページ)
      爆者援護法に基づき、被爆者健康手帳の交付と健康管理手当の支給を申請
      し、被告長崎市長は、原告に対し、被爆者健康手帳を交付した上、同年5
      月分の健康管理手当3万3530円を支給した。さらに原告は、同年5月
      30日にも来日して、被告長崎市長に対し、同法に基づき、被爆者健康手
      帳の交付と健康管理手当の支給を申請し、被告長崎市長は、原告に対し、
      被爆者健康手帳を交付した上、同年6月分の健康管理手当3万3530円
      を支給した。(争いがない)

    カ 原告は、平成9年6月2日、長崎県知事に対し、本件支給打ち切りの取消
      しを求めて審査請求をしたが、同知事は同年9月17日付けで審査請求を
      却下する旨の裁決をした。さらに原告は、同年10月13日、厚生大臣に
      対し、再審査請求をしたが、同大臣は平成11年3月30日付けで、「原行
      為に係る再審査請求はこれを却下し、原裁判に係る再審査請求はこれを棄
      却する」旨の裁決をし、原告は同年4月5日に裁決書を受領した(以下、
      この再審査請求に係る手続を「本件再審査手続」という。)。(甲5,
      15,証人月川)

 2 争点

  (1) 本件支給打切りは行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項の
      取消訴訟の対象になるか。

    (被告長崎市の主張)
      「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、公権力の主体た
      る国又は公共団体が法令の根拠に基づき行う行為のうち、その行為によって
      直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認めら
      れているものをいうところ(最高裁昭和30年2月24日判決・民集9巻2
      号217頁)、本件支給打切りがなされたのは、原告の出国という事実の発
      生により、本件支給認定の効力が当然に消滅したことによるものであり、本
      件支給打切りにおいて、上記にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9ページ)
      たる行為」は存在しない。

    (原告の主張)
       本件支給打切りのような出国による健康管理手当の支給打切りは、支給処
      分効力の存続要件を解釈で導き出し、出国という事実を認定した上、支給打
      切要件に該当するという行政上の意思決定をするということであるから、行
      訴法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該
      当し、取消訴訟の対象となる。

  (2) 原告は本件支給認定によって取得した健康管理手当の受給権を出国により
      失ったか。

    (被告らの主張)
       本件の健康管理手当支払請求は原爆特別措置法及び被爆者援護法(平成7
      年7月分以降)に基づく請求と解されるところ、原告は日本国を出国したこ
      とにより当然に「被爆者」たる地位を失ったから、本件支給認定によって取
      得した健康管理手当の受給権も失った。すなわち、一定の事実が存在するこ
      とが行政処分の前提要件(効力存続要件)になっている場合、当該事実が欠
      けるに至ったときには、処分の効力を存続させるための前提が失われてしま
      うから、何ら新たな行政処分がなくとも、その行政処分の効力は当該事実の
      発生により当然に消滅する。例えば、在留資格を付与されて本邦に在留する
      外国人が、再入国の許可を得ずに在留期間の満了前に出国した場合には、特
      段の明文規定はないが、在留資格は当該外国人が本邦に存在する限りにおい
      てのみ効力を有すると解されているから、出国により、当然に在留資格は効
      力を失うと解されている。これと同様に、原爆三法は、明文の規定はないけ
      れども、以下に述べるとおり、被爆者が日本国内に居住又は現在することを、
      被爆者健康手帳交付決定及び健康管理手当支給決定の効力存続要件としてい
      るものと解釈され(したがって、原爆三法に基づいて被爆者に与えられる権
      利は、被爆者が日本国内に居住又は現在する限りにおいて給付を受けること
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(10ページ)
      ができるという内容の権利であるにすぎない。)、被爆者が日本国内に居住
      も現在もしなくなった場合には(以下、このような被爆者を「在外被爆者」
       という。)、それらの効力は当然に失われることになる。

    ア 給付内容

     @ 原爆医療法が定める「被爆者」に対する援護の内容は、@健康診断及
       びこれに基づく指導(同法4条、6条)、A指定医療機関における医療
       の現物給付(同法7条、9条)、B被爆者一般疾病医療機関から医療を
       受けた場合の医療費の支給(同法14条の2第1項)であり(以下、こ
       れらの援護を一括して「医療給付」という。)、これらを在外被爆者が
       受給する可能性は全くないところ、このように原爆医療法が在外被爆者
       に対する医療給付を全く認めていないのは、在外被爆者には同法を適用
       しないという立法政策がとられたからである。仮に在外被爆者は事実上
       医療給付を受けることができなくなるだけで、「被爆者」たる地位を失
       うことはないというのであれば、在外被爆者が再度日本に居住又は現在
       するようになった場合には、新たな被爆者健康手帳交付決定を受けるこ
       となく医療給付を受けることができることになるが、そのような医療給
       付を実施するためには、都道府県知事(広島市又は長崎市おいては市
       長。以下、「都道府県知事」いうときには同じ。)において「被爆
       者」が当該都道府県又は市の管轄地内に居住又は現在することを把握し
       ていることが前提であるにもかかわらず、被爆者が再度日本に居住又は
       現在するようになった旨を都道府県知事に届け出る規定はなく、その他
       都道府県知事がそのような事実を知る手だては存在しない。むしろ、原
       爆医療法は、被爆者が日本国内に居住も現在もしなくなった場合には
       「被爆者」たる地位を失い、当該被爆者が再度日本国内に居住又は現在
       するようになった場合には、当該被爆者からの申請に基づいて新たな被
       爆者健康手帳交付決定を行い、同法に基づく給付の支給資格を得ること
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11ページ)
       を当然の前提としていると解するのが合理的である。

     A 原爆特別措置法に基づく給付は各種手当等の支給であって、各種手当
       等は単なる金銭の支給であるから在外被爆者に対してこれを支給するこ
       とに特段の問題はないのではないかとの疑問も生じるが、同法の適用対
       象者は、原爆医療法に基づいて被爆者手帳交付決定を受けている者
       であることが必要であるところ、上記@のとおり、「被爆者」が日本国
       内に居住も現在もしなくなった場合は、被爆者健康手帳交付決定は効力
       を失うのであるから、原爆特別措置法が在外被爆者に適用されることは
       あり得ない。また、被爆者援護法は原爆二法の後継法であって、被爆者
       援護法に基づく各種手当等の支給についても原爆二法と全く同様にいう
       ことができ、被爆者援護法は在外被爆者に適用されない。

     B 原爆特別措置法や被爆者援護法は、被爆者が放射能との関連性を明確
       に否定できない疾病にかかっている場合には、十分な医療措置を受ける
       だけでなく、日々の健康管理にも注意を払うことが望ましいことから、
       医療給付を基本としつつも、医療給付だけでは賄えない日々の健康管理
       に費やされる出費に対応するものとして健康管理手当を支給することと
       したものであって、医療給付を受けられない被爆者が健康管理手当のみ
       を受給するなどという事態はまったく想定していない。殊に、被爆者援
       護法は、被爆者に対し、保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護策を
       講じることを目的とし(前文、6条)、健康診断の実施、医療の給付、
       手当の支給及び福祉サービスの提供が一体のものとして実施されること
       を予定しているのであって、これらの施策を分断して実施することは全
       く予定していない。

    イ 手続き規定

      手続き規定は当該法律の性格を反映したものであるというべきところ、原
      爆三法に関する手続き規定は、以下のとおり、在外被爆者に対して適用され
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12ページ)
      ることを全く予定していない。

     @ 被爆者に対する健康診断等の健康管理の実施や手当等の支給をする機
       関が都道府県知事とされ、これらの手当等の支給に要する費用が都道府
       県の支弁とされていることや、被爆者に対する各種給付を行う都道府県
       知事の管轄が被爆者の居住地(居住地がないときは現在地)移転に伴っ
       て移転することとされていることからすると、給付の実施機関たる「都
       道府県知事」とは、「当該被爆者が居住又は現在する地を管轄する都道
       府県知事」を意味すると解されるが、そうすると、在外被爆者について
       は実施機関である都道府県知事を定め得ないことになる。

     A 原告は被爆者の最後の居住地又は現在地の都道府県ないし国が在外被
       爆者に対して各種手当を支払うべき義務を負うとの前提に立っているも
       のと解されるが、居住又は現在しない被爆者に対する各種手当の支給は
       最後の居住地又は現在地の都道府県の事務ではなく、このように地方公
       共団体の事務でないものについて都道府県の負担として支出するために
       は、法令上の根拠に基づいてされることが必要であるところ(地方自治
       法232条1項)、都道府県知事が、その管轄地域外の在外被爆者に対
       して、各種手当にかかる費用を支弁することを定めた規定は存在せず、
       原爆三法が規定する「都道府県知事」又は「都道府県」を被爆者の最
       後の居住地又は現在地の「都道府県知事」又は「都道府県」と読み替え
       ることを許す規定も存在しない。また、国は各種手当の支給に要する費
       用を都道府県に交付することになっているが、これは、都道府県を経由
       して国が被爆者に対して手当等を支給するという趣旨ではなく、都道府
       県が自らの予算に基づいて被爆者に対して手当等を支給し、国は都道府
       県が支弁した費用を交付金をもって二次的に負担する趣旨であるところ、
       戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく年金等の支給や、労働者災害補償
       保険法に基づく保険給付と異なり、原爆二法には、国が直接手当等を支
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13ページ)
       給すべきことを予定した規定はない。
 
     B 健康管理手当、医療特別手当及び保健手当は、「被爆者」であること
       のほか一定の要件のもとに支給されるが、その要件に該当しなくなった
       場合には、これらの手当の支給は打ち切られるところ、原爆特別措置法
       施行規則及び被爆者援護法施行規則は、居住地又は現在地の都道府県知
       事に対する「被爆者」の届出義務として、健康管理手当については要件
       不該当の届出義務を、医療特別手当については要件不該当の届出義務と
       健康状況届の届出義務を、保健手当については要件不該当の届出義務と
       現況届の届出義務を規定しており、また原爆医療法施行令及び被爆者
       援護法施工令は、居住地を変更した場合には、すべての「被爆者」に対し
       て都道府県知事に対する届出義務を課しているのであって、原爆三法は、
       被爆者が支給決定後も継続して日本国内に居住又は現在してることを
       当然の前提としている。

    ウ 立法者意思

     @ 昭和43年4月12日の第58回国会参議院本会議において原爆特別
       措置法についての審議が行われた際、厚生大臣は、返還前の沖縄に在住
       する被爆者について同法が適用されるか否かの質問を受け、「沖縄在住
       の原爆被爆者に対しては適用されない」旨の答弁をしているところ、返
       還前の沖縄に在住していた被爆者は現在の在外被爆者の地位にあったも
       のであり、このような厚生大臣の答弁を踏まえた上で原爆特別措置法が
       可決・成立しているのであるから、在外被爆者に対しては原爆特別措置
       法を適用しないというのが立法者意思である。

     A 原爆二法に、日本国内に居住又は現在しなくなることによって「被爆
       者」たる地位を失うとの明文の規定がないのは、原爆医療法については、
       在外被爆者は同法に基づく給付を受ける余地が全くなく、適用対象者が
       いないことが法文上明らかであったからであり、原爆特別措置法につい
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14ページ)
       ては、その適用対象が原爆医療法2条にいう「被爆者」とされているた
       め在外被爆者に適用されないことが明らかであったからである。また、
       原爆二法の審議経過に関する国会議事録を精査しても、原爆二法を在外
       被爆者に対して適用する趣旨で明文を置かなかったとの立法者意思をう
       かがわせるものはない。

     B 平成6年12月1日の第131回国会衆議院厚生委員会において被爆
       者援護法についての審議が行われた際、厚生省保健医療局長は、(現在
       御審議をいただいております政府案の適用につきましては、同法に基づ
       きます給付というのが、拠出を要件としない公的財源によって賄われる
       ものであるということ、それから他の制度との均衡を考慮する必要があ
       るということから、日本国内に居住する者を対象として手当を支給する
       ということで考えているわけでございます。したがいまして、手当であ
       るかあるいは年金という名前であるかということを問わず、我が国の主
       権の及ばない外国において日本の国内法である新法を適用することはで
       きないというふうに考えております。」と答弁して、被爆者援護法の政
       府案が在外被爆者を適用対象としていないことを明確にし、また、同委
       員会において、年金化すれば外国にいても支給されるとの前提のもとに
       日本共産党が提出した、全被爆者へ年金を支給することなどを内容とす
       る修正案は否決されている。以上の経緯を経て被爆者援護法の政府案が
       衆参両議院で可決されたことからすれば、在外被爆者に対しては同法を
       適用しないというのが立法者意思である。

    エ 法的性格

     @ 原爆三法は、社会保障法として他の公的医療給付立法や公的扶助立法
       と類似の性格を有し、また、受給者の拠出を要しない非拠出制の社会保
       障法に属する。一般的に、社会保障法は、そのよって立つ社会連帯と相
       互扶助の理念から、それを制定する主体の権限の及ぶ全地域に効力を有
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15ページ)
       し、また、その地域に効力の限界を有する。特に、非拠出制の社会保障
       法は、社会連帯の観念を基礎とし、給付に要する費用は国家の一般財源
       に依存し、究極的には国家の構成員の総体が租税という形で負担するの
       であるから、社会連帯の観念を入れる余地がなく、当該社会の構成員で
       もない海外居住者に対しては適用されないのが通例である。したがって、
       非拠出制の社会保障法は、日本国内に居住も現在もしない者については、
       特に給付を認める明文規定のない限り、適用を予定していないものと考
       えられる。そうすると、原爆三法は、在外被爆者に対して給付を認める
       明文を設けておらず、これらの者に給付を行うことを前提とする手続規
       定等もまったく存在していないのであるから、在外被爆者を対象としていな
       いことは明らかである。

     A 原爆三法の制度の根底に国家補償的配慮があるとしても、他の一般の
       戦争被害者に対する対策との均衡の点からして極めて例外的な法制度で
       あるから、明文によって認められた範囲に限って国家補償的配慮を実現
       することとしたものと考えるべきであり、明文の規定を逸脱して適用範
       囲を広げることは、原爆三法の国家補償的配慮を根拠なく拡大解釈する
       ものであり、戦争被害に関する我が国の法体系に不整合をもたらす。

    オ 人道的見地、憲法14条1項、市民的及び政治的権利に関する国際規約
      (昭和54年8月条約第7号、以下「B規約」という。)2条1項、26
       条

     @ 仮に原爆三法が人道的見地から被爆者の救済を図ることを目的とした
       立法であるとしても、いかなる範囲において、いかなる方法によって、
       その目的を達成するかは、個別の法律の立法政策の問題である。

     A 原爆三法の支給対象者の決定には、立法府に極めて広範な裁量権が認
       められるところ、在外被爆者のように現在の日本社会と何らのかかわり
       も持たない者に対して健康保持の施策を及ぼさないとする立法政策は極
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(16ページ)
       めて合理的であり、憲法14条1項に違反しないことは明らかである。

     B B規約2条1項、26条において禁止されるのは不合理な差別である
       ところ、上記Aのとおり、原爆三法の適用対象者を日本国内に居住又は
       現在する被爆者に限ることには十分合理性がある。

   (原告の主張)
       被爆者は、日本国内に居住も現在もしなくなった場合であっても、健康管
      理手当の受給権を失わない。その理由は以下のとおりである。

    ア 健康管理手当受給権の発生、消滅、停止等の裁定は、法律の規定を待た
      なければならないところ、原爆特別措置法には被爆者が日本国の領域を越
      えて居住地を移した場合に同受給権が失権する旨の規定はない。在外被爆
      者に適用されるかどうかは、当該法にとって決定的に重要なことであり、
      自明でなければ解釈に二義を残さないように、明文をもって一義的に明白
      なように規定すべき事柄である。被爆者の被害者救済は、必然的に人道に
      かなわなければならず、その救済法は一切の差別を許容せず、仮に立法上
      差別するとしても、差別のための明白な特則が要求される。

    イ 原爆医療法に対する給付を国外において行うことも運用上可能であるか
      ら、被爆者が日本国内に居住も現在もしなくなった場合であっても、被爆
      者健康手帳交付決定はその効力を失わない。

    ウ 被告らが主張する手続関係規定は、在外被爆者の権利の存否にかかわる
      のではなく、法の命ずる施策をいかに具体的に実現するかの事務取扱いに
      かかわるものであるから、その欠如は在外被爆者への法不適用の論拠とは
      なり得ない。

    エ 給付の実施機関の管轄規定は、行政事務の円滑と被爆者の利便性を配慮
      したものであり、在外被爆者を失権として排除する趣旨の規定ではないの
      であって、国外に出た被爆者については、最後の管轄を維持すれば足りる。

    オ 被告らが主張する立法者意志は、法の立案者である行政の説明を引用し
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(17ページ)
      ているに過ぎない。

    カ 社会保障法として立法されたから我が国の主権の及ぶ範囲に限って適用
      されるという論は成り立たない。

    キ 在外被爆者に健康管理手当を支給しないことは、憲法14条1項及びB
      規約2条2項、26条に違反する。

  (3) 未支給の健康管理手当の支払い請求について被告長崎市長に被告適格がある
     か(ひいては、健康管理手当の支払い義務者は被告等のいずれか)。
  
    (原告の主張)
      被告長崎市長は、原爆特別措置法5条により、被告国に代わって当事者能
      力を与えられたと解すべきである。

    (被告長崎市長の主張)
       被告長崎市長は、健康管理手当の支給を行うべき行政庁に過ぎず、実体法
      上の権利義務の主体ではないから、実質的当事者訴訟と解される健康管理手
      当の支払請求について被告適格を有しない。原爆特別措置法5条及び15条
      は、健康管理手当支給処分の処分権者を被告長崎市長と定めたものであって、
      被告長崎市長が当該処分によって発生した具体的な手当金支払請求権の債務
      者となることを定めたものではない。

  (4) 被告国及び被告長崎市は本件支給打切りについて国賠法1条1項に基づく
      損害賠償義務を負うか。
    
    (原告の主張)
       健康管理手当受給権の発生、消滅、停止等の要件の設定は法律の規定を待
      たなければならず、402号通知によっても同受給権は消滅ないし停止しな
      いから、402号通知に従って健康管理手当の支給を停止ないし廃止する行
      為は、法律の規定に基づかない違法なものである上、憲法41条、99条に
      も違反するところ、厚生省職員及び長崎市長は、402号通知に安易かつ漫
      然と追随し、本件支給打切りを行ったものであるから、故意、または過失によっ
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(18ページ)
      て違法行為を行ったことになる。また、厚生省職員及び長崎市長の法解釈・
      執行は、憲法14条1項及びB規約2条2項、26条にも違反する違法な行
      為である。以上の違法行為によって原告は精神的苦痛を被った。

    (被告国及び被告長崎市の主張)
       上記(2)で主張したとおり、本件支給打切りに違法はない。
 
  (5) 被告国は本件再審査手続きについて国賠法1条1項に基づく損害賠償義務を
      負うか。

    (原告の主張)
       厚生大臣が再審査請求に対する裁決に18か月近くを要したことは、社会
      通念上相当と認められる期間を徒過した違法なものであり、類似案件訴訟と
      の整合性をとりながら再審査請求の審理をしたことも違法であって、審査請
      求制度の趣旨に著しく反し、簡易にして公正かつ迅速な審査が行われること
      に対する原告の期待を著しく裏切ったものであり、これによって原告は精神
      的苦痛を被った。

    (被告国の主張)
       最高裁平成3年4月26日判決・民集45巻4号653頁に照らすと、以
      下のとおり、被告国に損害賠償義務はない。 
    
    ア 原告は、既に被爆者としての認定を受けた者であり、原爆特別措置法及
      び被爆者援護法の適用範囲を争って、在外被爆者への健康管理手当の受給
      を求めているのであるから、厚生大臣の裁決に時間を要したとしても、そ
      れによって原告が抱く不安、焦燥は、他の行政認定申請における申請者に
      見られないような異種独特の深刻なものであるとはいえない。また、本件
      の場合、原告は、厚生大臣の裁決に時間を要していることに不満があれば、
      直ちに、健康管理手当の支払いを求めて提訴することにより、実質的な司法
      的救済手段を選択することが可能な地位にあった。そうすると、本件にお
      いて、厚生大臣の裁決に17か月あまりを要したことで原告が内心の静穏
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(19ページ)
      な感情を害されたとしても、それは社会通念上甘受すべき限度を超えるよ
      うな法的保護に値する利益ではない。

    イ 上記アの点はさておくとしても、不服審査庁たる厚生大臣の不作為が、
      国賠法上違法と評価されるには、@客観的に不服審査庁がその審査のため
      に手続き上必要と考えられる期間内に決定ができなかったこと、Aその期間
      に比して更に長期間にわたって遅延が続いたこと、Bその間、不服審査庁
      として通常尽くすべき努力によって遅延を解消できたのに、それを回避す
      るための努力を尽くさなかったことが必要であるところ、本件において厚
      生大臣が裁決に時間を要したのは、再審査請求の際、同種事案に関する事
      件が大阪地方裁判所に係属しており、原告の再審査請求に対する裁決をす
      るためには、在外被爆者に原爆三法は適用されないとの解釈の合理性につ
      いて、同事件の当事者双方による主張・立証状況も踏まえた上で再度慎重
      に検討する必要があったからである。したがって、再審査請求の申立てか
      ら裁決までに17か月あまりを要したことは、上記@ないしBの要件を充
      たすものとはいえないから、国賠法上違法な不作為とはいえない。


第3 争点に対する判断

 1 争点(1)について

    前記第2の1のとおり、被告長崎市長は、402号通知に従い、「被爆者」
   が日本国の領域を越えて居住地を移すことにより原爆特別措置法の適用がなく
   なり、健康管理手当の受給権は当然に消滅するとの解釈に基づいて、本件支給
   打切りに至ったものであって、本件支給打切りにおいて、行訴法3条2項にい
   う「行政庁の処分その他の公権力の行為に当たる行為」というものは何ら想定す
   ることができず(なお、被告長崎市長は原告に対し平成9年5月9日付けの
   「「原子爆弾被爆者援護法」における「健康管理手当」について(回答)」と
   題する文書(甲4)を送付しているが、これをもって行政処分があったといえ
   ないことは明らかである。)。その取消し求める訴えは不適法である。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(20ページ)

 2 争点(2)について
    上記1のとおり、本件支給打切りは行政処分とはいえないのであるから、こ
   れが適法性の推定を受けて有効として取り扱われることはなく、原告は受給権
   の存在を主張して直接未支給の健康管理手当の支払いを求める訴えを提起する
   ことができる。(いわゆる実質的当事者訴訟)。そして、前記第2の1のとおり、
   原告は健康管理手当の受給権を取得しているのであるから、被告らがその消滅
   事由を主張立証しない限り、原告による未支給の健康管理手当の支払請求は認
   められるところ、被告らは、上記受給権の消滅事由として、原告が日本を出国
   したことにより原爆医療法にいう「被爆者」の地位を失ったと主張するので、
   以下、この点について検討する。

  (1) 原爆医療法は、同法の適用を受ける「被爆者」を同法2条各号のいずれか
     に該当する者で被爆者健康手帳の交付を受けた者とした上、被爆者健康手帳
     の交付の申請先を申請者の居住地又は現在地の都道府県知事(前記第2の1
     のとおり、広島市又は長崎市においては市長)とし、知事又は市長は申請者
     が同法2条各号のいずれかに該当すると認めるときはその者に被爆者健康手
     帳を交付するとしており(同法3条1項、2項)、少なくとも、被爆者健康
     手帳の交付申請をする際には申請者が日本国内に居住又は現在することを前
     提としているものと解される。ところが、「被爆者」が日本国内に居住も現
     在もしなくなった場合に、「被爆者」たる地位が当然に失われるか、すなわ
     ち、日本国内に居住、又は現在することが被爆者健康手帳交付決定の効力存続
     要件であるかについて、明文の規定はなく(これに対し、児童扶養手当法4条1
     項、児童扶養手当法4条2項、3項、特別児童扶養手当等の支給に関する法
     律3条3項、4項は、日本国内に住所を有することを支給要件とする旨規定
     する。)。原爆医療法の解釈上、上記のとおり解し得るか否かを検討するこ
     とが必要となる。なお、被告らの指摘するとおり、出入国管理及び難民認定
     法は、明文はないものの、本邦に在留する外国人の在留資格は本邦に在留し
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(21ページ)
     ていることが前提となっているため、同人が再入国の許可(新たな在留資格
     を付与するものではなく、同人が有していた在留資格を出国にもかかわらず
     存続させ、その在留資格のままで再入国することを認める処分)を受けない
     まま本邦から出国した場合には、同人の在留資格は消滅すると解されている
     が(最高裁平成10年4月10日判決・民集52巻3号677ページ参照)、そ
     もそも、同法の規定する在留資格は本邦に在留する外国人と本邦の場所的
     結合状態そのものが内容となっているのであるから、原爆医療法の「被爆
     者」たる地位と同列に論じることはできない。

  (2) 立法趣旨

    ア 原爆医療法は、その目的を「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の
      被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ、国が被爆者
      に対し健康診断及び医療を行うことにより、その健康の保持及び向上を図
      ること」(同法1条)とし、「被爆者」への健康管理手当等の支給を規定
      する原爆特別措置法は、その目的を「広島市及び長崎市に投下された原子
      爆弾の被爆者であって、原子爆弾の傷害作用の影響を受け、今なお特別の
      状態にあるものに対し、医療特別手当の支給等の措置を講ずることにより、
      その福祉を図ること」(同法1条)とし、さらに、原爆二法の後継法たる
      被爆者援護法は、その前文に、「広島市及び長崎市に投下された原子爆弾
      という比類のない破壊兵器は」「たといー命をとりとめた被爆者にも、生
      涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し、不安の中での生活をもたら
      した。」そこで、「国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じ
      た放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊な被害である
      ことにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療及び福
      祉にわたる総合的な援護策を講じ、あわせて、国として原子爆弾による死
      没者の尊い犠牲を銘記するため、この法律を制定する」と規定している上、
      同法の国会審議において、厚生大臣が、被爆による「健康上の障害につい
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(22ページ)
      ては、直接の急性原爆症に加えて白血病やあるいは甲状腺がん等の晩発障
      害があるなど、一般戦災による被害に比べ、また際立った特殊性を持った
      被害であると考えております。こうしたほかの戦争被害と異なる原爆放射
      能による被害の特殊性にかんがみ、」同法を制定する旨を答弁しているこ
      と(第131回国会衆議院厚生委員会)に照らすと、原爆三法は、被爆者
      の健康上の障害が一般の戦争被害者と比較して特異かつ深刻なものである
      との認識のもとに制定されたものであって、その根底には国家補償的配慮
      があるものと解される(最高裁昭和53年3月30日判決・民集32巻2
      号435頁参照)。そして、原爆三法が、軍人軍属等の公務上の戦争被害
      に関する戦傷病者遺族等援護法(同法11条2号、3号、14条2
      号、24条等)及び戦傷病者特別援護法(同法4条3項、6条1項等)と
      異なり、あえて国籍要件を定めず、内外国人を問うことなく援護の対象者
      としたことも併せ考えると、原爆三法の解釈にあたっては、在外被爆者の
      みに不利益となるような限定的な解釈はすべきでないと解する。

    イ 法的性格

       被告らは、原爆三法は非拠出制の社会保障法に属するから明文規定のな
      い限り在外被爆者には適用されないし、また、原爆三法の制度の根底に国
      家補償的配慮があるとしてもそれは他の一般の戦争被害者に対する対策と
      の均衡の点で極めて例外的な法制度であるから明文によって認められたも
      のに限るべきであると主張する。
       しかしなから、非拠出制の社会保障法と一般的抽象的にいってみても、
      その内容が一義的にあきらかになるわけではなく、その適用対象については、
      それぞれの法令に応じて個別的に判断すべきものであって、原爆三法が非
      拠出制の社会保障法に属するとしても、そのことから直ちに、明文の規定
      がない限り在外被爆者には適用されないとの結論を導くことはできないし、
      また、一般の戦争被害者に対する対策との均衡の点についても、原爆三法
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(23ページ)
      が一般の戦争被害者と区別して特に被爆者を援護していることは上記アの
      とおりであるが、これが例外的な制度であるからといって、直ちに、これ
      を在外被爆者に適用するためには明文の規定が必要であるとはいえない。
      むしろ、原爆三法は外国人被爆者にも適用されるのであるから、多くの外
      国人被爆者が含まれるであろう在外被爆者を運用除外とするなら、その旨
      が明文で規定されたはずとさえいうことができる。

    ウ 立法者意思

       被告らは、原爆三法における立法者意思はこれらの法律を在外被爆者に
      は適用しないというものであったと主張する。
       しかしながら、立法者意思という概念そのものがあいまいなものである
      ことにかんがみると、法令の解釈にあたっては、まず、法の客観的な意味
      内容を理解するようにつとめることが基本であって、立法者意思はあくまで
      参考にとどまると解する。このことは原爆三法の過異種悪にあたっても同様で
      あって、これらの法律だけを別異に解する根拠は見出すことができない。
      そして、被告らが主張するように、在外被爆者が原爆医療法に基づく医療
      給付を受ける余地はなかったとしても、在外被爆者が日本に再入国した後
      に上記医療給付を受け得る地位を保持しておくことに意味がないわけでは
      ないから、そのことから直ちに、原爆医療法は在外被爆者に適用されない
      というのが立法者意思であったと即断するjことはできない。また、立法者
      意思はあくまで法の解釈の参考になるにとどまるのであるが、被告らが政
      府担当者の国会答弁を掲げるので、本件とかかわりのある原爆特別措置法
      に関する国会答弁についてのみ検討を加えることにする。昭和43年4月
      12日の第58回国会参議院本会議の会議録(乙6の5頁ないし6頁)を
      みると、厚生大臣は、原爆特別措置法は沖縄(本土復帰前)に在住する被
      爆者には適用されないと答弁しているが、不法入国した外国人被爆者が原
      爆医療法の適用を求めた前掲最高裁昭和53年3月30日判決にかかる事
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(24ページ)
      件において、被告の福岡県知事が「同法(原爆医療法)3条の現在地は、
      特定の都道府県に居住地を有しない者の存在することを考慮してとくに規
      定されたもので、広く日本国内という観点からすれば、居住関係を有して
      いることが前提となっているものである」と主張していることに照らすと、
      上記国会答弁は移動のない固定された居住状態を前提にしていたことがう
      かがわれ、日本国内に居住又は現在していた「被爆者」が日本国内に居住
      も現在もしなくなったときに、「被爆者」たる地位が失われるか否かとい
      う問題については全く念頭になかったものと考えられる。

   (2) 給付内容

    ア 被告らは、原爆医療法が在外被爆者に医療給付を認めていないのは、在
      外被爆者には同法を適用しないという立法政策がとられたからであり、ま
      た、原爆特別措置法及び被爆者援護法は、医療給付と各種手当ての支給は一
      体のものとして実施されることを予定しているので、医療給付を受けられ
      ない被爆者に各種手当ての支給をすることは想定されていないと主張する。
       しかしながら、在外被爆者は、原爆医療法上、実際には医療給付を受け
      ることはできないのであるが、再度入国すればこれが可能になるのである
      から、同法が在外被爆者には適用しないとの立法政策をとったと断定する
      までの根拠は乏しい。また、原爆二法又は被爆者援護法の適用にあたって、
      医療給付と各種手当の支給がいずれも実施されることは望ましいことであ
      るし、被爆者援護の制度趣旨にかなっていることではあるが、さらに進ん
      で、これらの法律が、事実上医療給付が受けられない被爆者に対して各種
      手当ての支給も否定しているとまで解する根拠はない。

    イ 被告らは、仮に在外被爆者について被爆者健康手帳交付決定の効力が失
      われないとすると、その者が再度日本国内に居住ないし現在するようにな
      った場合、都道府県知事はそれを把握することができず医療給付を実施す
      ることができないと主張する。
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(25ページ)
       しかしながら、原爆医療法は、手続きの細則を自ら定めず、厚生省令に委
      任していたのであり(同法22条)、そのような在外被爆者への対処の仕
      方を規定することを禁じていたわけではないから、当該厚生省令の規定が
      ないからといって、原爆医療法が上記のような事態を全く想定していなか
      ったとはいえない。

   (3) 手続規定

    ア 被告らは、原爆三法上、在外被爆者については各種給付の実施期間であ
      る都道府県知事を定め得ず、また、在外被爆者に各種給付をするについて
      の法令上の根拠がないから、原爆三法は在外被爆者に適用されることを全
      く予定していないと主張する。
       しかしながら、原爆三法は、医療給付は厚生大臣が行うとし(原爆医療
      法7条1項、14条1項、14条の2第1項、被爆者援護法10条1項、
      17条1項、18条1項)、各種手当の給付については、いったんは都道
      府県が支弁するものの、その費用は国が当該都道府県に交付するものとし
      ており(原爆特別措置法10条1項、2項、被爆者援護法42条、43条
      1項)、本来、これらの事務は国の事務であるが、専ら受給者である被爆
      者の便宜を図るために都道府県知事を実施機関としたものと解される。し
      たがって、現行法上被告も主張のような手続規定を欠いているからといっ
      て、これを過大視することはできず、在外被爆者への不適用をも意図して
      いるものとは解されない。

    イ 被告らは、原爆三法に関する手続規定の中に現在地の都道府県知事に対
      する各種届出義務があることを理由として原爆三法が在外被爆者に適用さ
      れないと主張する。
       しかしながら、被告らが主張する届出義務は、いずれも原爆医療法施行
      令、原爆特別措置法施行規則、被爆者援護法施行令及び同施行規則といっ
      た下位規範によって定められているものであり、そのような下位規範によ
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(26ページ)
      って定められた届出義務をもって上位規範である原爆三法の適用対象者を
      画することはできない。また、厚生省令においても、被爆者が死亡した場
      合については、原爆医療法施行規則5条の3、被爆者援護法施行規則8条
      が被爆者健康手帳の返還義務を規定しているのに対し、在外被爆者につい
      てはその旨の規定は存在しないのであって、被告も主張の解釈に符合する
      形で首尾一貫しているわけではない。

   (4) 以上によると、原爆医療法上日本からの出国によって「被爆者」たる地位
      を失うとの解釈には、特段の実質的・合理的理由はないといわざるを得ず、
      むしろ、「被爆者」たる地位を失わないと解釈するほうが前記の立法趣旨に
      も適っているというべきである。したがって、原告は出国によって「被爆
      者」たる地位を失わず、健康管理手当の受給権を有している。
 
 3 争点(3)について

   (1) 上記2のとおり、原告の取得した原爆特別措置法に基づく健康管理手当の
      受給権は消滅していないから、被爆者援護法附則13条により、原告は、未
      支給の健康管理手当のうち、平成6年11月分から平成7年6月分までは原
      爆特別措置法に基づき、同年7月分から平成9年4月分まで、及び同年7月
      分については被爆者援護法に基づき、それぞれ支払請求権を有することにな
      る。そして、健康管理手当の支給月額は、法令上、平成6年10月から平成
      7年3月までは8万3300円(平成6年6月法律第55号によって改正さ
      れた原爆特別措置法)、同年4月以降は3万3530円(平成7年3月政令
      第92号によって改正された原爆特別措置法施行令及び被爆者援護法施行
      令)とされているから、未支給の健康管理手当の合計額は103万8280
      円(3万3300円の5か月分と3万3530円の26か月分)となり、原
      告の請求額を上回る。

   (2) 原告は被告ら各自に対して未支給の健康管理手当の支払いを求めるので、
      被告らのいずれがその支払義務を負うのかについて検討するに、被告長崎市
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(27ページ)
      長は、行政機関の一つであって、そもそも権利義務の帰属主体とはなり得
      ないから、同被告には本件健康管理手当支払請求にかかる訴えの被告適格は
      なく、同被告に対する同訴えは不適法である。ところで、平成11年法律第
      87号(平成12年4月1日施行)による改正時の地方自治体法148条2項
      の別表三には機関委任事務として、原爆特別措置法及び被爆者援護法に基づ
      く各種手当て等の支給が掲げられており、当時、上記支給にかかわる事務は都
      道府県知事(広島市又は長崎市については市長)が被告国の機関として管理
      執行を行っていたものと解される。そうすると、当該事務の効果は被告国に
      帰属するので、被告国において上記支払義務を負い、被告長崎市はこれを負
      わない。

 4 争点(4)について
 
     上記2のとおり、本件支給打切りは違法であるが、そこでも検討したとおり、
     原爆二法を在外被爆者に適用できるか否かについては原爆二法が一義的明確に
     規定しているとはいえないばかりでなく、行政実務においても約20年もの間
     402号通知に従って運用されてきたこと(前記第2の1の事実)。原爆二法
     の立法過程において原爆二法が在外被爆者に対してはおよそ適用される余地が
     ないのかどうかにつき明確な議論はなされておらず、被爆者援護法の立法過程
     においては従来の行政実務を追認するかのような政府答弁が行われており、本
     件支給打切りまでに裁判上もとりたてて問題とされたことがなかったこと(乙
     5、6、8(上記の点が争点のひとつとされた広島地裁への提訴は平成7年以
     降である。)。10、13、証人田村、弁論の全趣旨)。以上の事実に照らす
     と、厚生省の職員及び長崎市長において本件支給打切りが違法であることを予
     見していたとか、その予見が可能であったとはとうていいうことはできず、厚
     生省の職員及び長崎市長に国賠法1条1項にいう故意又は過失を認めることは
     できない。したがって、被告国及び被告長崎市に国賠法1条1項に基づく損害
     賠償義務はない。
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(28ページ)

 5 争点(5)について

     原告は、本件再審査手続の遅延は違法であると主張するが、本件再審査手続
     における応答がなされなかったからといって、原告が原爆二法又は被爆者援護
     法に基づく医療給付や健康管理手当の支給を全く受けられなかったというわけ
     ではなく、再度日本国に入国して健康管理手帳の交付を受けることにより、医療
     給付や健康管理手当の支給を受けることは可能であったし(現に原告は日本に
     再入国して健康管理手当の支給を受けている(前記第2の1の事実)。)、ま
     た、上記応答を待つことなく直ちに裁判所に健康管理手当の支払を求めて訴
     えを提起することもできたのであるから、原告が本件再審査手続の遅延によっ
     て侵害されたと主張する精神上の利益は、仮にこれが国賠法上の保護の対象に
     なり得るとしても、それほど強固なものであったとはいえないこと。本件再審
     査手続きは、上記2のとおり原爆三法の解釈をめぐる困難な問題を含んでおり、
     応答までに要した期間は社会通念上容認し得ないほどには長期に及んでいると
     まではいえないこと、以上の事実に照らすと、本件再審査手続をもって違法と
     いうことはできない。したがって、被告国に国賠法1条1項に基づく損害賠償
     義務はない。

第4 結論  
     以上によると、本件の結論は以下のとおりである。

  1 原告の被告長崎市長に対する各訴えはいずれも不適法である。

  2 原告の被告国に対する請求は、未支給の健康管理手当103万0840円、
    及び本件支給認定における支給日経過後の平成9年7月25日から支払済み
    まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由が
    あるが、その余は理由がない。なお、仮執行宣言は相当でないからこれを付
    さない。

  3 原告の被告長崎市に対する請求は理由がない。

  (口頭弁論終結の日・平成13年10月9日)


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