判決(抜粋)


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平成20年7月31日判決言渡 同日原本交付

裁判所書記官 西 谷 博 之

平成18年(行ウ)第18号 在ブラジル被爆者健康手帳申請却下処分取消等請求
事件

口頭弁論終結の日 平成20年4月24日

判          決

ブラジル連邦共和国リオデジャネイロ州リオデジャネイロ市○○○○
      ○○○○

亡A承継人

原          告    B

ブラジル連邦共和国サンパウロ州マリリア市○○○○
      ○○○○

原          告     C       

上記両名訴訟代理人弁護士     足   立   修   一

同                二   国   則   昭

同                奥   野   修   士

同                中   丸   正   三

同                田   邊       尚

同                藤   井       裕

原告B

訴訟代理人弁護士             端   野       真

東京都千代田区霞が関1丁目1番1号

被          告     国

同代表者法務大臣         鳩   山   邦     

広島市中区基町10番52号

被          告     広     島        

           同代表者知事               藤   田   雄   山

被告ら指定代理人          首   藤   晴   久

同                 秋   里    光   人

同                 藤   井    宏   和

被告国指定代理人          吉   原       宏

同                 金   山   和   弘

同                 高   林   正   浩

同                 大   林   幸   司

同                 鉾   田   達   人

同                 山   家   史   朗

同                 前   田   隆   弘

同                 駒   木   賢   司

同                 鷹   合   一   真

広島県指定代理人          津   留   夕   姫

            同                 森   重   弘   司

                   
             主         文

    原告BのAが原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に定
   める被爆者の地位にあったことの確認を求める訴え及び原告CのD
 が同法に定める被爆者の地位にあったことの確認を求める訴えは,いずれも

 却下する。

 2 広島県知事がAに対し平成18年4月27日付けでした被爆者健康手
   帳交付申請却下処分を取り消す。

 3 広島県知事がDに対し平成18年4月27日付けでした被爆者健康手
   帳交付申請却下処分を取り消す。

 4.被告国は,原告Bに対し,110万円及びこれに対する平成18年
   4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 被告国は,原告Cに対し,55万円及びこれに対する平成18年4月
  27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

7 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告らの
  負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

(原告Bの請求)

1 主文第2項と同旨

2 原告Bと被告らとの間において,Aが原子爆弾被爆者に対す
  る援護に関する法律に定める被爆者健康手帳の交付をもって取得する同法1条
  1項に定める被爆者の地位にあったことを確認する。

3 被告らは,原告Bに対し,各自220万円及びこれに対する平成1
  8年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(原告Cの請求)

1 主文第3項と同旨

2 原告Cと被告らとの間において,Dが原子爆弾被爆者に対する
  援護に関する法律に定める被爆者健康手帳の交付をもって取得する同法1条1
  項に定める被爆者の地位にあったことを確認する。

3 被告らは,原告Cに対し,各自110万円及びこれに対する平成18
  年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

原告B(以下「原告B」という。)は,広島県知事がブラジル在住
  の被爆者で,原告Bの母である亡A(以下「A」という。)から被爆
  者健康手帳の交付申請を受けたにもかかわらず,これを却下した,この却下処分
  は法令に違反し違法であるとして,被告広島県との間における同処分の取消し及
  び被告らとの間における,Aが原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以
  下「法」という。)に定める被爆者の地位にあったことの確認を求め,さらに,
  同却下処分等が国家賠償法上の違法行為に当たるとして,被告らに対し,損害賠
  償金(慰謝料及び弁護士費用)及びこれに対する違法行為の日から支払済みまで 
  民法所定年5分の割合による遅延損害金の各自支払いを求めた。

原告C(以下「原告C」という。)は,広島県知事がブラジル在住の
  被爆者で,原告Cの父である亡D(以下「D」という。)から被爆者
  健康手帳の交付申請を受けたにもかかわらず,これを却下した,この却下処分は
  法令に違反し違法であるとして,被告広島県との間における同処分の取消し及び
  被告らとの間における,Dが法に定める被爆者の地位にあったことの確認を求
  め,さらに,同却下処分等が国家賠償法上の違法行為に当たるとして,被告らに
  対し,損害賠償金(慰謝料及び弁護士費用)及びこれに対する違法行為の日から
  支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各自支払を求めた。

1 前提事実(証拠等の記載のないものは争いがない。)(以下,証拠は特記し
   ない限り枝番を含む。)

(1)A及びDは,平成18年3月31日,ブラジルに在住のまま,原告ら
  代理人弁護士である足立修一を代理人として,広島県知事に対し,被爆者健
  康手帳の交付を申請した(以下,Aの上記申請を「本件申請(1)」と,D
  の上記申請を「本件申請(2)」と,これらを併せて「本件各申請」という。)。

(2)Dは,平成18年4月17日,死亡した。Dの妻Gは平成11年に  
  死亡し,両名の子である原告C及びその姉のEがDを相続した(甲
  6)。

(3)広島県知事は,平成18年4月27日付けで,上記本件各申請を,「A
  又はDは,現在,ブラジルに居住しており,法2条1項の規定に該当しな
  い」旨の理由でいずれも却下する旨の処分を行い,そのころこれをA及び
   D宛てに通知した(以下,Aに対する上記却下処分を「本件処分(1)」と,
   Dに対する上記却下処分を「本件処分(2)」と,これらを併せて「本件各処
   分」という。)。

(4)A及び原告Cは,平成18年7月27日,本件訴えを提起した(記録
     上明らか)。

(5)Aは,平成19年3月12日,死亡した。Aの夫Fは平成6年に死亡
   していたため,両名の子である原告BがAを相続し,他にAの相続人はいない(甲5)。

2 争点

(本案前の争点)

(1)原告らが本件各処分の取消しを求めるについての法律上の利益の有無

(2)原告らがA及びDが被爆者たる地位にあったことの確認を求めるにつ
  いての訴えの利益の有無

(本案の争点)

 (1)本件各処分が適法か否か

 (2)国家賠償法上の違法行為の成否及び損害額

(略)
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第3 当裁判所の判断

  1 本案前の争点(1)(原告らが本件各処分の取消しを求めるについての法律上の
  利益の有無)について

法は,この法律において「被爆者」とは,法1条の各号のいずれかに該当す
る者であって,被爆者健康手帳の交付を受けた者をいうと規定し(1条),被
爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないと
きは,その現在地とする。)の都道府県知事に申請しなければならない(2条
1項),都道府県知事は,前項の規定による申請に基づいて審査し,申請者が
前条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交

付する(同条2項)と規定する。そして,法は,都道府県知事は,被爆者が死
亡したときは,葬祭を行う者に対し,政令で定めるところにより,葬祭料を支
給すると規定する(32条)。

ところで,法2条1項及び2項により,都道府県知事は,被爆者健康手帳の
交付申請を受けたときは,これの許否を審査する義務を負うに至るといえるが,
上記許否の決定が未だなされてない段階で当該申請者が死亡したとき,法の条

文上,これによって上記審査義務が消滅するとの規定はない。また,法は,被
爆者の葬祭を行う者に対し,その固有の権利として,葬祭料の支給請求権を付

与している(32条)。さらに,法1条各号が定める事由に照らすと,被爆者
健康手帳の交付申請者が同各事由に当たる者か否かを判断するためには当該申

請者の事情聴取(書面による事情聴取を含む。)や資料収集を要するものと推
認され,そうだとすれば,法はそのための一定の期間が経過することを予定し
ているものと解される。そして,審査する側の事情,例えば事務の輻輳や法解
釈の誤り等によって,上記の判断,決定に至るまでにかなりの期間を要する場
合がある可能性も否定できず,そのような場合の不利益を申請者に負担させる
ことを法が許容しているとは解せられない。これらの点にかんがみれば,被爆
者健康手帳の交付を申請した者が,その許否の審査がなされる前に死亡したと
しても,都道府県知事のその許否に対する審査義務は消滅せず,都道府県知事
は,これの審査をし,その交付申請を許可する場合は,申請日に遡って被爆者
健康手帳を交付したものとし,死亡した申請者を法にいう被爆者として扱い,
その葬祭を行った者に対し,葬祭料を支給しなければならないと解するのが相
当である。上記解釈に反する被告らの主張は採用しない。
したがって,原告BはAの葬祭を行った者として本件処分(1)の取消しを
求める法律上の利益を有し,原告CはDの葬祭を行った者として本件処分
(2)の取消しを求める法律上の利益を有する。

2 本案前の争点(2)(原告らがA及びDが被爆者たる地位にあったことの確
    認を求めるについての訴えの利益の有無)について

Aが法の定める被爆者の地位にあったことの確認を求める原告Bの訴え
   及びDが同地位にあったことを求める原告Cの訴えは,いずれも過去の法
   律関係の確認を求める訴えである。そして,上記1で判示したとおり、本件各
   処分の取消しを求める訴えが適法なものとして審判されることからすれば,
   記確認を求める各訴えは,紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必
   要であるものとはいえないから,確認の利益を欠く不適法なものというべきで
   ある。

3 本案の争点(1)(本件各処分が適法か否か)について

(1)法解釈について

法2条1項は,被爆者健康手帳の交付申請について,「その居住地(居住
      地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知事」に申請しなけ
      ればならないと規定しており,その文言は申請者が日本国内に居住又は現在
      することを前提とするものとみるのが自然である。また,被告らが主張する
    とおり,被爆者健康手帳の交付申請についての審査は,申請者を法上の「被
    爆者」として認めて,各種手当等を受ける権利を付与するか否かを判断する
    ための前提となる重要な審査であり,申請者本人との面談により,その本人
    確認や被爆時の具体的状況等の確認を行って上記審査の適正を図るため,上
    記申請について,申請者が日本国内に居住するか,又は,現在すること要件
    とすることは,一定の合理性がある。

       以上の点にかんがみると,上記申請については,原則として,申請者が日
    本国内に居住するか,又は,現在することを要すると解するのが相当であり,
    これに反する原告らの主張は採用しない。

        しかし,法が上記申請について上記要件を一切の例外もなく求めていると
    解するのはあまりにも形式的な解釈であって,法の前文の趣旨に照らすと,
    法がそのような趣旨の規定を設けたとは解し難く,法が法1条各号の要件に
    当たるか否かの判断,すなわちどのような資料によるどの程度の証明があれ
    ばこれに当たるか否かの実体的判断を都道府県知事に委ねていることからすれ
    ば,法は,上記の日本国内での居住又は現在という手続的な要件を要する
    か否かについても,都道府県知事に一定の裁量権を付与しているものと解す
    るのが相当である。そして,被爆者の援護という法の趣旨及び法2条1項が上
    記手続的要件を求めた実質的理由にかんがみると,A及びDのように
    外国に居住し日本国内に現在しないで被爆者健康手帳の交付を申請した者で
      あっても,身体的又は経済的事情から来日することが困難であり,かつ,関
      係書類を徴求するなどして申請者の本人確認や被爆時の具体的状況の調査を
    行うことによってその者が法1条各号のいずれかに該当することを判定でき
    る等の特段の事由が認められる場合には,それにもかかわらず都道府県知事が
    上記手続的要件が充足されていないとの理由のみにより当該被申請を却下し
    たときは,この却下処分は,上記裁量権の濫用行為として,違法な処分に
    当たると解するのが相当である。これに反する被告らの主張は採用しない。

(2) Aについて

ア 証拠(甲1,7,乙13,14)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実
     が認められる。

(ア) Aは,大正4年5月31日生まれで,本件申請(1)当時(平成18年
  3月31日)90歳であり,下肢にしびれがあり,長時間座った状態
  にいることは困難であった上,胆石があり無理をすると痛みが発生する可
  能性が高く,痛みが発生したときは医師による緊急の治療を要する身体
  状態であった。

(イ) Aは,当時リオデジャネイロ市に居住しており,来日するためには,
  同市からサンパウロ市を経て日本まで飛行機で移動しなければならず,
  これには40時間弱を要した。

(ウ) Aは,本件申請(1)に先立つ平成15年9月24日,広島県知事に対
  し,被爆者健康手帳交付申請書等を提出し,被告広島県の職員は,同年
  11月1日,在南米被爆者健康診断事業の機会にAと面談し,被爆確
  認証の交付申請についてAに説明し,Aが同申請を行った。
   広島県知事は,平成16年3月10日,Aに対し,被爆確認証を交
  付した。これには,「直接被爆であり,被爆場所は広島市千田町であ
  る。」旨が記載されていた。

イ 上記認定事実によれば,本件申請(1)当時,身体的事情からAが来日す
      ることは極めて困難であり,かつ,広島県知事は,Aの提出資料等によ
      って,Aが法1条1号に当たることを判定できたものと認められ,A
      には前示の特段の事由があったといえる。したがって,Aが日本国内に
      居住及び現在しないことのみを理由として本件申請(1)を却下した本件処分
     1)は,裁量権の濫用行為として違法なものというべきである。

(3) Dについて

ア 証拠(甲2,7,長崎県に対する調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨に
      よれば,次の事実が認められる。

(ア)Dは,明治43年3月12日生まれで,本件申請(2)当時(平成18
        年3月31日)96歳であり,平成14年ころ(92歳のころ)自宅で
        階段から落ち右太ももを折り,歩行が困難となり,平成18年2月12
        日,原告ら代理人の足立修一がマリリア市のD方自宅でDと面談し
        た際にも,歩行が困難な状態が続いており,身体的にも全般的に弱って
        いた。また,Dは,当時,発語障害があり,意思疎通は動作や顔の表
        情によって行うという状態であった。

      (イ)  Dは,本件申請(2)当時マリリア市に居住しており,来日するために
         は,同市からサンパウロ市を経て日本まで飛行機で移動しなければなら
         ず,これには約40時間を要した。

(ウ)Dは,昭和20年8月9日,長崎で被爆した後,その直後に長崎市
        内で罹災証明書の交付を受け,これをその後も所持していたのであり,
        証人の証言を要することなく,被爆者健康手帳の交付を受けられる立場
        にあった。

(エ) Dは,本件申請(1)に先立つ平成16年2月24日,長崎県知事に対
        し,被爆者健康手帳交付申請書及び上記()の罹災証明書等を提出した。
        長崎県知事は,平成16年4月5日,Dに対し,被爆確認証を交付
        した。これには,「直接被爆であり,被爆場所は長崎市稲佐町○○丁目
      ○○番地である。」旨が記載されていた。

イ 上記認定事実によれば,本件申請(2)当時,身体的事情からDが来日す
      ることは極めて困難であり,かつ,広島県知事は,Dの提出資料等によ
      って,Dが法1条1号に当たることを判定できたものと認められ,D
      には前示の特段の事由があったといえる。したがって,Dが日本国内に
      居住及び現在しないことのみを理由として本件申請(2)を却下した本件処分
      2)は,裁量権の濫用行為として違法なものというべきである。

(4)なお,法が,住所地又は現在地の都道府県知事宛に被爆者健康手帳の交付
      申請をすべきものと規定する趣旨からすると,日本国内に住所地等がない場
      合,直ちにどこの都道府県知事に対しても申請してよいかは疑問もないわけ
      ではない。例えば,日本国内における最後の住所地等を基準とすることも考
      えられるが,本件各処分では,広島県知事がそこまでの考慮をした形跡は
      なく,単に,日本国内に居住等していないとの一事で却下しているから,この
      点は前記各判断を左右しない。

4 本案の争点(2)(国家賠償法上の違法行為の成否及び損害額)について

(1)この点に関する原告らの主張の第一点は,「被告国の担当者は,都道府県
     知事に対し,被爆者健康手帳の交付については,申請者が日本国内に居住す
     るか,又は,現在することを要するとの誤った法解釈に従って審査するよう
     指示し,広島県知事は,このような誤った法解釈に安易に従い,本件各申請
     を却下する旨の本件各処分をした。したがって,これらの行為は国家賠償法
     上の違法行為に当たる。」というものである。
     しかし,上記の被告らの法解釈は,その例外はあり得るとしても,原則的
      には,正当な解釈であるといえること,前示のとおりその例外的な運用をす
     べき場合があるとしても,これまでそのような解釈を示した裁判所の判断は
     ないこと(この点は弁論の全趣旨により明らかである。)等の点からすると,
     被告国の担当公務員が原告の上記主張にある指示をしたことに注意義務違反
     があったとはいえないし,広島県知事が上記指示に従ったことに職務上の注
     意義務違反があったともいえないから,原告らの上記主張は採用できない。

 (2)この点に関する原告らの主張の第二点は,「被告国の担当公務員が402
     号通達を発出し,これに従った取扱いを継続し,広島県知事がこれに漫然と
     従った行為は,A及びDの被爆者健康手帳の交付申請を妨害してきたの
     であり,国家賠償法上の違法行為に当たる。」というものである。
    ところで,402号通達は,被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者であっ
    ても,日本に在住するか現在するかの要件を充足しない限り,法が被爆者に
    支給することを定めた各種手当を支給をしないというものであり,法の解釈
    を誤った違法な行為であったといえる。そして,A及びDが,402号
    通達が存在したため,経済面でも健康面でも負担の大きい来日をしてまで被
    爆者健康手帳の交付や健康管理手当の支給認定を受けようとはしなかったと
    の事実が認められるときは,被告国は,原告らに対し,これによってA及
    びDが被った精神的苦痛についての慰謝料の支払義務を負うといえる(平
    成17年(受)第1977号最高裁第一小法廷判決参照)。

そこで,上記の点をAについてみると,証拠(甲5の(4),乙13,1
    9)及び弁論の全趣旨によれば,Aは,被爆時広島女子高等師範学校附属
    ○○高等女学校の英語教師であったが,被爆後退職し,昭和21年5月20
    日,Fと婚姻し,その後まもなくブラジルに移住し,それ以降ブラジ
    ルで生活し,日本に帰住したことはないこと,Aは,平成15年9月24
    日,広島県知事に対し,ブラジル在住のまま,被爆者健康手帳交付申請書等
    を提出したこと,被告広島県の職員は,同年11月1日,在南米被爆者健康
    診断事業の機会にAと面談し,被爆確認証の交付申請についてAに説明
    したこと,Aは,そのころ,同申請を行い,平成16年3月10日ころ,
    被爆確認証の交付を受けたことが認められる。上記事実によれば,Aは,
    遅くとも平成15年の被爆者交付申請書等の提出に数年先立つころから,法
    による被爆者への健康手当支給等を受けることを希望していたが,402号
    通達により,これを受けるには在日しなければならない,また,手当支給が
    開始されても日本国外に居住地を移すことによって受給権が失権する扱いと
    なっていたことを知り,来日して被爆者健康手帳の交付を受けることを躊躇
    し,結局法の保護の埒外に置かれたものと推認される。そうすると,402
   
号通達の発出は,Aとの関係で国家賠償法上の違法行為を構成し,被告国
    は,Aに対し,これによる精神的損害の賠償義務を負うというべきであり,
    その額は,100万円と認めるのが相当である。そして,原告Bは,これ
    を全部相続した。これによる損害としての弁護士費用は,上記認容額に照ら
    し.10万円と認めるのが相当である。

 次に,上記の点をDについてみると,証拠(長崎県に対する調査嘱託の
    結果)によれば、D(明治43年生まれ)は、被爆当時、長崎市において,
    妻G(明治43年生まれ).長男原告C(昭和19年生まれ)とと
    もに居住し,民間会社(H電機)の従業員として生計を立てていたが.被
    爆後,ブラジルに移住し,それ以降ブラジルで生活し,日本に帰住しないま
    ま現在に至っていること,昭和63年.在ブラジル原爆被爆者協会は被爆者
    の意見聴取を行い,その際、Dは,アンケートに,「ブラジル在住の者が
    法による健康管理手当等の支給を受けられないのは差別である。」,「妻は
    被爆により片目が失明した。手当が支給されたら,来日して診療を受けさせ
    たい。」旨記載したこと、Dの意向を受けた原告Cは,平成16年2月
    24日,来日し.長崎県知事及び長崎市長に対し,Dからの被爆者健康手
    帳交付申請書を提出したことが認められる。上記事実によれば,Dは遅
    くとも昭和60年ころから,法による被爆者への健康管理手当等の支給を受
    けることを希望していたが,402号通達により,これを受けるには在日し
    なければならない等の扱いとなっていたことを知り、来日して被爆者健康手
    帳の交付を受けることを躊躇し,結局法の保護の埒外に置かれたものと推認
    される。そうすると,402号通達の発出は,Dとの関係で国家賠償法上
    の違法行為を構成し,被告国は.Dに対し,これによる精神的損害の賠償
    義務を負うというべきであり,その額は、100万円と認めるのが相当であ
    る。そして,原告Cは,これの2分の1(相続分)を相続した。これによ
    る損害としての弁護士費用は,上記認容額に照らし,5万円と認めるのが相
    当である。

   原告らは,広島県知事が被告国の402号通達に従った被爆者に対する扱
    いを行ったことも国家賠償法上の違法行為に当たる旨主張するが,広島県知
    事は機関委任事務あるいは受託事務を行う行政庁として,被告国の指示に従
     わざるを得ない立場にあったものといえるから,この点に過失があったとは
  いえない。

5 よって,原告BのAが法に定める被爆者の地位にあったことの確認を求
 める訴え及び原告CのDが法に定める被爆者の地位にあったことの確認を
 求める訴えは,不適法であるから,これらを却下し,原告らのその余の請求は,
 主文第2ないし5項の限度で,理由があるから,これらを認容し,その余は理
 由がないから,これらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

  広島地方裁判所民事第3

 裁判長裁判官   能  勢  顕  男

裁判官   福  田  修  久

裁判官   戸  田  有  子